山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

新しい形式の平和学習サイトがないのに驚いた

平和学習サイトを作って意外だったこと これまでの平和学習とは少し違う感じのサイトを作った。 yamashitataihei.org 私は今とは違う感じの平和学習を作ったことがない。だから参考にするために、検索してそういうものを探してみたんだけどなかった。 今の平…

AIを使って平和学習サイトを作った

AI を使って平和学習サイトを作った。 yamashitataihei.org 期間 : 2026-07-01(初回コミット)〜 2026-08-13 / 107コミット、うち93コミットは8月5日以降の9日間に集中 差分 : +134,563 / −61,031 行 成果物: https://yamashitataihei.org/peace/ — 日本語2…

平和学習サイト作った

国立国会図書館デジタルコレクションに収録されている1945/06/01-1946/09/30に出版された出版物の検索結果5,728件の前書きと後書きを全部読んで平和学習サイトを作った。 yamashitataihei.org なんで大量の前書きと後書きを読んだのかというと1mmの成果も上…

国立国会図書館デジタルコレクションに収録されている1945/06/01-1946/09/30に出版された出版物の検索結果5,728件の前書きと後書きを全部読んだ感想

この文章は5万文字ほどある。 敗戦後、様々な本が様々な方法で出版された 前書きと後書きを全部読む 敗戦直後には、本当に反省していなかった なぜ前書きと後書きなのか どのように調査をしたのか 彼らはなにを考えて復興へと向ったのか 悲しみ 国土が狭くな…

中江兆民の「日本に哲学なし」現代語訳

わが日本には、昔から今に至るまで哲学がない。 本居宣長・平田篤胤の門流は、古いことを研究する一種の考古学者で、天地の理や人間の本性、そして生命の原理などなどについては、全く見当がついてはいない。伊藤仁斎や荻生徂徠の門流は、経典に新しい解釈を…

一億総懺悔は「またそれかよ笑」だったのではないか

1945年8月28日に東久邇宮首相は記者会見で、「軍官民、国民全体が徹底的に反省し懺悔しなければならぬ」と語った。これを新聞が『一億総懺悔』という見出しで報道し、『一億総懺悔』は一種の流行語となった。これは実質的に天皇に懺悔する言葉として機能した…

明治42(1909)年、韓国併合前夜の京城で発生したハマグリ事件

『京城新報』の「平民文庫」 京城日報 明治42(1909)年1月、『京城新報』の読者投稿欄「平民文庫」で蛤事件が勃発した。 平民文庫 『京城新報』は明治40(1907)年11月から明治45(1912)年2月まで、韓国・京城(現在のソウル)で発行されていた日本語の民間紙だ。…

大正9(1920)年前後の朝鮮人苦学生は、日本人苦学生ほど酷い目に遭っていなかったというお話

ここには、日本人はこんなに親切なんだ!! というようなことは書かれていない。また日本の占領は良いものだった!! という話でもない。少しだけ理解するのが難しいお話が書かれている。 金山(張志樂)の『アリランの歌』は、朝鮮人革命家の受難と抵抗の記録とし…

敗戦間際と敗戦直後で掌返しをしなかったガス業界の頑固老人

戦時中と敗戦後で知識人の発言が180度変わったっていう話を聞いたことがあって、そういうものなのかと思っていた。 ところが実際に戦時中と敗戦後の知識人の書いたものを読み確認すると、確かに変わった人もいるのだが、全く変わっていない人もそこそこいる…

世界対抗戦争反省大合戦が勃発したら日本が勝つ可能性がある

諸事情があって戦争を反省することについて考えている。 それでどこの国が戦争を最も反省していますか? とAIに質問すると「ドイツです。理由は………」という解答を生成する。つまり世界対抗戦争反省大合戦が勃発したら、ドイツが勝つと予測されているわけだが…

アメリカVS土屋文明 ——戦時中でも雑誌を出し続けたかった人々

戦時中に雑誌を出し続けるのは至難の技であった。 1938年7月には新聞雑誌の用紙統制が始まり、1942年末には4割減という状況であった。紙が配給されないので雑誌が刷れない。あるいは第三種郵便物(当局の認可を受けた定期発行される新聞・雑誌を割安で発送で…

明治時代にデモに参加し弁護士になった巡査

山形県出身の向鎌礼は新聞配達から弁護士になった。 彼の父親は元弁護士だが脳を悪くして廃業、高等小学校を卒業した後は進学を許されなかった。これに反発して無断で上京し、叔父の羽太鋭治に援助を求めた。羽太は「自分の身は自分で始末を付けなければ駄目…

開戦してサッパリした人々

そこそこ有名な話なのだが、太平洋戦争が開戦して、サッパリとしたさわやかな気分になった人が多かった。 1937年からの日中戦争が長期化、1940年の大政翼賛会発足、物資統制の本格化や、新聞統合などなど、太平洋戦争開戦(1941年12月)前、日本の社会には重…

1946年に出版した人々

\1946年、敗戦で印刷事情も悪く、出版をすることは難しかった。それでも本や雑誌を出した人がいた。 山本光雄の『法律』が出版されるまで 山本光雄の『プラトン 法律 第1巻』は、昭和21年10月三十日に第一版が発行された。 山本がプラトンの『法律』全12巻を…

戦時中に短波ラジオを聞いてた人たち

1941年12月の電波管制により、戦時中は民間の短波受信機所持は厳しく制限されていた。短波放送を聴くと、これはスパイ行為だと怒られ、短波ラジオは押収された。短波受信する機能を潰して返却というケースもあったようだ。思想的な問題を持つ場合は、拷問な…