山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

私はこういう人です

『読上手』という概念について

かって読上手いう概念があった。

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読上手とはなにか?

  • つまらない文章
  • 価値のない文章
  • どうでもいい文章

こういった文章から『味』や『良い点』を探し出せる能力を読上手と言う。

かって人類は、あまり読むものを持っていなかった。上手くイメージできない人は、今と200年前の年間出版点数の違い想像してみて欲しい。読上手でなくては、乱読できない時代がかってあった。

今や人類は、読むものを無限に持っている。品質の低いものと遭遇したなら、別のものを読めば事足りる。読上手である必要はない。むしろ読下手の時代であり、WEBでちょっとした表現の齟齬を目の色を変えて探し出し、必死の形相で指摘することは、ひとつのエンタメになっている。

読下手でも幸せでいられる今は良い時代で、読上手でなくては読めない時代は不幸だが、無理して読下手になる必要もないのかなというのが最近の感想である。

素手で便所掃除する教育について1万文字くらいかけて考えていきましょう

謎の風習『素手便所掃除』

日本には研修や教育目的で素手で、便所掃除するっていう風習がある。子供に学校の便所を素手で掃除させるっていうのが有名だと思う。

その他のバリエーションとして、オッさんを見知らぬ街に連行し、便所掃除をさせてくださいって家庭訪問させるというものがある。その街に住んでいるのは知らない人ばかりだから、オッさんの得意技である人脈を使うことができない。いきなりオッさんがやってきて、便所掃除させてよーって頼んできたら、かなりキモいと思われる。だからみんな断わる。それでオッさんは失意のどん底に放り込まれる。それでも諦めないでオッさんがインターフォンを押しまくってると、そのうち変った家庭があって便所を掃除させてくれる。それでオッさんがすごい感動するみたいなシステムである。

ここからなにが学べるんだかよく分からんのだけど、とにかくこういう風習が日本には存在しているんだ。

本当のところはどうなのか?

謎の風習『素手便所掃除』についてインターネットで議論されてたりもするんだけど、軍国主義みたいでダメ、こういうのが日本の悪い伝統だっていう意見がある。検索するとわりと出てくるから、そういう感じなんだと思う。それが正しいと仮定すると、いくつか疑問が出てくる。

まず伝統なんだから、戦前から『素手便所掃除』的なものが存在していたということになる。戦争になって1,2年で急に『素手便所掃除』的なものが発生するとは思えないので、それ以前からそういった精神性のものは存在していたと推測することができる。つまり日本には連綿と悪習が存在し続けていたということになる。

だとすると、なぜ今の日本が比較的マシな国なのかっていう謎がある。ずっと悪習が続いてるんだったら、明治後半あたりで戦争に負けてメチャ貧乏な国になっていたのでは? 『素手便所掃除』を続けてると日本みたいになるんだったら、真似したい国もある気するし、そもそも悪習ではないのではないかって話になってくる……というわけで本日はこういうことを解説していきたいと思います。

  • 謎の風習『素手便所掃除』
  • 本当のところはどうなのか?
  • そもそも本当に悪いのか?
  • 掃除は教育っていうのは半分伝統で半分は実用である
  • 「修養団」について
  • 「修養団」は悪なのか?
  • 「修養団」のはじまり
  • 「修養団」にはさらなる発展の可能性があった
  • 失敗してしまった
  • これからどうするべきなのか?
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ユリイカに雑文が掲載されます

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ユリイカ 2017年5月 特集=追悼・鈴木清順 ―1923-2017―

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雑誌の雰囲気と合わせるために気を使って2つくらい文章を書いて選んでもらった。明治とか大正とか1mmも関係ないことが掲載されてる。ちなみに白ご飯世界はその時にボツになったほうなんだけど、掲載されてる文章のほうが私はお気に入りです。

cocolog-nifty.hatenablog.com

あと肩書はどうしますかって聞かれたので、絶対になにがあっても文句を言わないのでそっちで決めてくださいって答えた。肩書とか自分で決めるの絶対に嫌だと思う。最近の私は鳥肝を買ってきて切ってから水に漬けてる間にビール飲みながらハツの部分だけ炒めて食ってから適当に味付けしてプックリなるように煮ることに熱中しているので、肩書を正確に書くとしたら『働いてゲットした金で鳥肝を買ってきて切ってから水に漬けてる間にビール飲みながらハツの部分だけ炒めて食ってから適当に味付けしてプックリなるように煮る』みたいになると思う。しかし私は常に鳥肝を煮ているわけではない。トマトソースを作り置きしたりもしますし、あるいは歩行している場合もある。人間というものは歩行する生物で、歩行している間の肩書は誰だって歩行者である。歩行してない時は停止者なのかっていうと、指なんかが動いている場合もあってなかなか難しいところである。こういうことを考えていると面倒くさくなってくるので、肩書とか自分で決めるの絶対に嫌だと思うんだけど、なんだかまとまらない文章になっちゃいましたから、最近昼飯用に作った日清焼きそばの画像を貼り付けまして結びの挨拶に代えさせていただきたいと思います。

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