山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

生活の危機

ヤバい雰囲気がある

就職活動をしなかったのでよく分からないんだけど、おそらく私は就職氷河期の人で一般的な認識だとあまり良い生活をしていないと思う。それでもなんの不自由もなく、わりと快適な人生を送っているなと認識をしている。なんで快適なのかっていうと、生活をそういう風にデザインしてきたからで、こういう感じでずっと生きてくぞーって決めてたんだけど、最近ちょっとヤバい雰囲気が出てきている。

理由は新型コロナウイルスによる社会の変化で、これまでの私の生活やヤバくなってきた時の対処法が、今の世の中だと通用しなくなってきている。対処方法は次の通りである。

  • 逃れられないストレスが発生したら別の場所のストレスを減らす
  • 労働に重きを置かない
  • 不快な情報を遮断する
  • 趣味で遊ぶ

わりと普遍的な手法だと考えてたのだが、今はちょっと微妙になってきている。

逃れられないストレスが発生したら別の場所のストレスを減らす

生活にはいくつかの要素がある。思い付いたものを列挙すると、次のようになる。

  • 娯楽
  • 移動
  • 食事
  • 睡眠
  • 労働
  • コミュニケーション

移動だけの生活というのはあり得なくて、多くの人間は飯を食ったり寝たりする。複数の要素を組み合わせながら人間は生きているわけである。移動で異常なストレスが発生しているけど、食事は全く問題ないといった状況はよくあることで、普通に対処できるのであれば移動に伴うストレスを減らしていけば生活が快適になる。ところが人生はままならないもので、コミュニケーション上のストレスだけは、なにしても解消できないなんてことがよく起きる。そういう時に私は、別の要素をより良くすることで、全体の不快さを減少させてきた。

問題は解決していないようにも思えるんだけど、ひとつの要素で快適さが増加すると、別の場所にも良い影響があって、なんだかんだで全てのストレスがなくなるということもあり、これまでは十分以上の効果がある手法であった。ところが今は、これが通用しなくなってきている。

現在私の生活で悪いのが労働と社会の状況で、どうしようもない感じになってきている。なので今回は食事にまつわるストレスを減らすことにして、次のような改善をした。

  • 優れたタッパーの選定
  • ボールとザル、バットの品質を上げる
  • 大きい冷蔵庫を導入
  • お弁当を開始

具体的にどうだったのかは後日書くかもしれないけれど、結果としては良好で食事に関するストレスは消滅し喜びが増加した。失敗した改善としては、一品だけ作って食べて全部の栄養を取るみたいな試みがあった。具材もりもりにした食事は、あんまり美味しくないし、作る手間も減らないというわけで止めてしまった。こういう試行錯誤も面白く、これまでだとめでたしめでたしで済んだわけだが、労働や社会の状況からくる不快感の量がヤバすぎてあんまり効果がない。一体どうすればいいのかっていう感じである。

労働に重きを置かない

私は元々労働には重きを置いてなくて、金もらえて楽だったらなんでもいいっていう考え方であった。効率的だとはいえない場所で働いているんだけど、これも私にとっては良いことで、自分だけ仕事の効率を上げ続けると、最終的には他人が処理を済ませるまでの待機時間が発生する。その間はなにもしなくていい。私はこういう感じでずっと仕事をしていて、労働は楽だという感じであった。しかし今やそれが通用しなくなってきた。

なぜなら国や自治体などといった組織の判断が私の仕事にも影響してくるからで、その判断が遅かったり異常だったり合理性がなかったりする。先にも書いたように働いている場所も効率的とはいえないので、その組織も正しい判断をするとは限らない。印象としては全てにおいて一貫性がないといった感じだ。手元の仕事が面倒くせーみたいな時には、新しいツールを導入したり、自動化したら解決できるけど、自分でコントロールできないところはどうしようもない。勢いその場で対処するしかないといった状況が増えてきて、なにもしなくていい状態を維持するのが難しい。

あと数年に渡って馬鹿が馬鹿なことしてるけど、俺には関係ないし本人も満足そうだからという理由で放置してたんだけど、コロナの影響で馬鹿な行為によって完成された環境を改善する必要がでてきた。こちらもすごいストレスで、各地で私が予想していた以上の馬鹿さが発揮されていてちょっと理解できない感じになっている。せめて行動に一貫性があればいいんだけど、馬鹿にそんなものがあるわけもなくてヤバい。

こうなってくると真面目に労働と向き合わなくてはならないと考えなくもないんだけど、やっぱり働くの嫌みたいな苦悩があって、仕方ないので暇そうな奴を選び仕事というか考え方を教えるみたいなことをしている。順調に能力が上がっているので、来年くらいには仕事量が元に戻っている予定なだけど、世の中がこんな感じなので確信が持てない。とにかく自分でコントロールできないものが増えすぎていて、これまで労働から距離を置いていきてきたのが台無しっていう感じである。

不快な情報を遮断する

これまでは社会の状況からストレスを感じそうなると、多少の不利益があることを認識しつつ、情報を遮断するという手法で乗り切ってきた。しかし今回のケースでは情報遮断すると命の危険があったり、生活に支障が出てくる。

もういつ感染しても不思議ではないので、今日はPCR検査の受け方を調べたりしていたんだけど、こういうことは必要なので嫌でもやるしかない。

社会の雰囲気を把握しておく必要があって、こちらも面倒くさい。私はもともとパーソナルスペースが平均よりも広く、神経質でどちらかというと綺麗好きなほうなので、マスクだけして普段と変わらない生活してりゃいいと考えていた。ただ局面は日々変化していて、今は世の中の人たちがどう考えているのかが重要だと認識をしている。

例えば私が住んでいる地域と行動範囲ではまだ布マスクでも変に思われないけど、そのうち不織布マスクが必須とかそういう感じになってくると思う。あとスーパーなんかの入口に置かれている消毒液も、最近は積極的に使うようにしている。なんで使うのかっていうと、使うのがルールみたいになったと感じたからで、そういうことを認識しないといけない。

カゴがどの程度消毒されているかが不明だったり、消毒した後でスマホ触ってる人がいたりで、消毒液なんて気休め程度の効果かしかないよなって感じているし、マスクを適切に使用できていない人も多く、布とか不織布の問題じゃねぇだろと思うんだけど、トラブルを避けるためには正しさよりも多くの人がなにを考えているかのほうが重要である。なぜなら今後はルールから外れた人間が攻撃の対象になる可能性があると考えているからだ。

実際の効果よりも形式のほうが重い状況は良くないけれど、複雑な情報よりも形のほうが広く伝えやすい。なのでこうなってるのは仕方ないと納得できないこともないんだけれど、とにかあくこういうことを認識するためにも、情報を遮断することはできない。

趣味で遊ぶ

私は趣味が好きなので、なるべく長く遊べる趣味を確保するようにしている。これまでの経験上、安価だったり終らなかったり、実用とつながっていたりすると趣味は長持ちする傾向がある。だから私はそういうものを趣味にしている。

中でもマジ最高だわと思ってたのが明治の資料を読みまくるということで、国立国会図書館デジタルコレクションを利用すれば四十万点くらい資料があるのでほぼ一生遊び続けることができると考えていた。ところが趣味というものは成長していくもので、今どうしても読みたい資料があるんだけど、これは国立国会図書館デジタルコレクションには存在しない。資料を持っている図書館は三館、ひとつは海外の大学で、特定の条件を満たせば学外の人間でも利用できるのはそのうちのひとつといった状況だ。そんなわけで読むためにはそこに行くしかないんだけど、こういう状況だからなかなか難しい。

古書店なんかも活用はしているものの、今後はそこでしか読めないといった資料が増えてくるはずで、そのたびにタイミングを計ったりしないとだめなのかとか考えると、かなりうっとうしい。

私の実用とつながる趣味としては自転車があって、通勤やら買い物で使いまくっている。古い資料を読む趣味が微妙なので自転車で遊ぶかとか考えていたんだけど、今はコロナの影響で自転車の部品が不足している。とにかく最悪といったところで、一体どうすればいいのかッ!!!って感じである。

持続可能な趣味選びにはかなりの自信を持っていたので余計にショックで、まさか自分がこういう時代と遭遇するとはなぁっていうのが感想である。

他の方法も考えたほうがいい

社会的に微妙な立ち位置の人間が快適に日々を送るために必要なのは、社会から距離を置くことなんだけどこの前提が崩れてきていると思う。以前から私の生活の方法は、戦時中なら通用しないよなと考えることがあった。今はそういう時代で、多少の妥協は必要だなと考え始めている。文明はどんどん発展するという前提で趣味のデータを扱ってるんだけど、こちらも考え方を改めなくてはならないかもしれない。人間が嫌いになってきていることもよくなくて、私は文化を調べて遊ぶのが趣味なのに文化を作ってる人間が嫌いとか意味が分からない。

今はとりあえず歯医者さんに歯のチェックをしてもらったり、酒飲んだりして誤魔化してやりすごしている感じだけど、これまで色々考えて解決できなかったことはないので、今回も色々考えてなんか思い付いたらいいなと思ってる……というようにゴチャゴチャ書いてきたけど、なんか私が特別ストレスに弱いだけで別に普通っていう気もしてきたな。どっちにしろ日々をやりすごしていくしかないので、なるべくムカつかないように生活していきたい。