山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

文化も取扱い注意

コロナウイルスの影響でいかに文化が蔑ろにされているのかが、あからさまに見えるようになってきた。数字を扱う問題で、グラフの真ん中だけ低いからちょっと延すか〜みたいな態度は許されないと思うんだけど、文化の分野だとそういうのが余裕で通用している。実際のところ前々からそういう状況ではあったんだけど、目に入ることが多くなってきているっていう感じなんだと思う。

文化が適当に扱われてしまうのは仕方がないところもあって、なぜならすぐに問題が発生するわけでもないからである。次に列挙するような、間違いが危険に直結することならば多くの人はまずやらない。

  • ポテチに青酸カリまざってるけど、多少なら大丈夫だろといった感じで食って死ぬ
  • 自転車のブレーキワイヤーないしタコ糸で代用するかみたいなことをして事故する
  • パソコンの調子が悪いからってものは試しとベランダから道路に落下させ完全にぶっ壊す

統計や大量のデータを扱う仕事で、俺は24が好きだからそこかしこに24入れとくか、俺は24が好きだしみたいな人がいたら滅茶苦茶になってしまうし、俺は[]の形が好きだからどのプログラミング言語でも[ ]でくくるみたいな人がいると厳しい。こういうのは狂った奴が入れ込んだ24や[ ]を一括処理できなくもないけど、文化が変になった後で一括処理はできないので余計に面倒くさい。

文化の取り扱いについて、以前に私はこういうことを書いた。

コロナに関する政策に竹槍で B29 を爆破するみたいな話だ的な批判をすることについて - 山下泰平の趣味の方法

これ今読むとわかりにくい感じなんだけど、要するに戦時中の状況をほとんど知らないにもかかわらず、今の状況を戦時中になぞらえて表現するのってヤバいよねっていうのが要旨である。今も戦時中がどうのこうのっていうのをたまに見て、その表現することで分りやすくなったり人の行動が変ればいいけど、多くはそうでもない。別にどうでもいいようなことだけど、誤った戦時中のイメージを広げてしまう可能性はあって、とにかくあんまり良いことはない。

最近になって顕在化してきている文化的な問題は、ずっと以前からの流れの末に発生したもので、その現象だけ考えどうこうできるようなものではない。文化とは別の分野ではかなり知的な訓練を積んでる人たちが、文化に関しては日本は水豊富だから原発やめて水力で統一しろレベルの発言をしたりしていてとにかく最悪である。

変な話だけど今みたいな世の中になって、私くらいの文化的な知識でも政策に活かしたりお金儲けに使えそうだな、などといったことを考えるようになってきた。政策や金儲けっていってもこれこれ知ってます〜って話ではなくて、もうちょい複雑で個人でできることでもない。(できることもあるけど私は興味ない)組織だってやらないと無理なんだけど、文化的な知見によって利益を得られるって想像できる人が少ないらしく、色々なものを見る限りあんまり良い方向には進んでないなっていうのが今の私の感想である。