山下泰平の趣味の方法

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近代的ハゲキャラは明治34年に確立された

近代的なハゲキャラの条件

日本において近代的なハゲキャラが登場したのは、明治も半ばを過ぎた頃である。聖書やら説話やらなんやらかんやらの古い書物にもハゲキャラは出てくるものの、ハゲが押入から出てきたり、髷が薄くなった侍が老いぼれは黙れと罵倒されるといった実に水準の低いものである。とうてい近代的ハゲキャラとは言えない。

近代的なハゲキャラの条件を上げておくと、

  • ハゲが活用される
  • ハゲだが人格はある
  • ハゲによりキャラ付けられている

といったところであろう。さらに物語が小説としての体裁を備えているなどの条件もあるのだが、ここではそういった難しいことは置いておき、近代的ハゲキャラ成立までの流れを追っていきハゲキャラを発生させた金字塔的作品を紹介することにする。

ハゲキャラ登場前夜

日本におけるハゲキャラ成立のため、大きな功績を残したのが講談師の2代目松林伯圓(しょうりんはくえん)(1832-1905)による、ハゲをランプに見立てるギャグであった。あのランプ親父めッ! とかあの親父の頭はランプに似てるッ!! などといったギャクを幾度も使っている。

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『ハゲ=ランプ』の構図を成立させるためには、日本の文明が下記の条件を満す必要があった。

  • 散切り頭の発生
  • ランプの国内生産
  • ザンバラ頭とランプの十分な普及

かって日本人は髷をゆっていた。しかし髷では髪が薄くなり髷が結えないという点に収束してしまう。散切り頭になったことで、ハゲは形式から離れ自由となり、バリエーションが増える。

ランプはどうだろうか? ランプが存在しない状況で、ハゲをランプに例えることはできない。日本におけるランプの歴史は古い。1859年(安政6)長岡の鈴木鉄蔵が、横浜の貿易商より買い求めたのが最初であった。これはシリマンが石油ランプを発明した年である。とはいえ普及はずっと後のことになる。開港地から普及し始め、1872年(明治5)には大阪で国産ランプが市販された。明治期中頃には石油ランプの全盛期を迎えるが、大正時代中頃には電灯と世代交代をしている。

散切り頭とランプが十分に普及することで、ようやく『親父の頭はランプみたいだッ!』という言葉が活きてくる。ランプギャグが発生したのは恐らく明治20年代、この時代まで待たなくては、上記三点の条件を満すことが出来なかった。

当時としては、ランプギャグは最新鋭のものであった。伯圓はかなり新しもの好きだったようで、洋服着用、テーブルや椅子を使用する新聞講談なんてものを開発している。洋服で講談をしたところで、現代人ならなんとも思わないだろう。しかし明治あたりだと、世の中の全てが貧素である。こんなとでもお客を喜ばせるのに、十分な効果があった。

新しもの好きなだけではなく、伯圓には創造性もあった。新聞に掲載された犯罪記事を元にして、多くの新作講談を作り上げ『泥棒伯円』と呼ばれるようになったほどである。そんな伯圓であったからこそ、一早くランプギャクを作り上げることができたのだろう。今となっては誰も笑わないであろうランプギャグも、当時はかなりウケた。そして伯圓は、幾度もランプギャグを使い続けた。

ハゲはランプと似てるッ!! という師匠の冴え渡るギャグに、弟子の松林伯知(1856-1932)は憧れていた。師匠の背中を追い続けた彼は、ついに『怪談美人の油絵』 (松林伯知 滝川書店 明治三四(一九〇一)年)において近代的ハゲキャラを確立することとなる。

『怪談美人の油絵』

師匠は『泥棒伯円』と呼ばれ、弟子は『新聞の伯知』と称された。一枚の号外から即興で講談を弁るほどの実力が、伯知にはあった。彼が師匠の『ランプ親父』から、近代的ハゲキャラを作り上げたのも必然だったのかもしれない。

まずは伯知による『怪談美人の油絵』のストーリーを軽く紹介しておこう。

主人公の尾形探美は土佐派から出た油絵画家である。この画家がお花という人妻をモデルに、半身の裸体画を描く。その過程で探美に惚れてしまったお花は、同居していた書生と共謀し銀行の頭取である旦那を殺害してしまう。頭取だから金を持っている。その遺産は5万円、現代の貨幣価値だと6億くらいだろう。探美の弟子である大村半香(おおむらはんこう)の活躍もあり、金が欲しすぎる探美はお花と結婚をする。お花と探美は、しばらく平穏無事な夫婦生活を送る。お花の育ての親のサーカス団長に身体を求められたので毒殺する、書生が脅しに来るなどの多少のトラブルがあったものの、全てはお花が解決するのであった。

そんなある日のことである。知人である大富豪植田の取り持ちで、探美は小艶という芸者と良い仲になってしまう。お花は探美に惚れて、自分の夫を殺してしまうような女である。嫉妬のあまり発狂してしまい、大暴れの末に小艶の指を食い切ってしまう。そんな混乱の日々の中、今更ながらお花が恐くなってしまった探美は、小艶とともに逃亡する。またもや発狂したお花は、半香とともに探美を追跡するが、電車の中で半香を半殺しにした後で、自身もみなを呪いながら自殺してしまう。

お花が自殺し、探美と半香、小艶に平穏な生活が戻ってきたかと思いきや、今度はお花の油絵が三人を脅かす。停電が頻発し、絵も折々は自殺した際のお花の姿に変る。お花の呪いで書生は死に、大富豪の植田は破産しピストル自殺、半香は発狂して川に流されて死亡、探美は小艶を連れ、油絵の研究と称して米国に逃亡、ようやく生命が助かる。米国にて心の傷が癒えた探美は、陸奥宗光の息子孝吉の肖像画を描き上げ、近々日本に戻ってくる予定である。油絵は香港にあるらしいが詳細は不明、といったところでこの物語は終りである。

あらすじだけ見ると、とにかくお花が恐くて強い以外の感想が出ないかもしれない。しかし『怪談美人の油絵』には、様々な要素が詰っている。この物語を読み解くために最低限知っておくべきことは、流行を片っ端から強引に詰め込んでいるという点である。

明治の三五年に、黒田清輝と白馬会の油絵の裸体画がかなり話題になっている。規制が入り、油絵に布を被せて展示させたとかいう感じの事だ。話題になっているから強引に油絵の要素を詰め込み、裸体画の解説などもなされている。

書生が周囲をウロウロしているのは、当時流行していた推理小説の要素を入れたかったからだ。作者に技術がないため曖昧に処理されているのだが、お花の旦那を殺害した書生にはアリバイがあり、読者に推理させる要素が入っている。

怪談物語に仕上がっているのは、この時代には怪談物の作品が少なかったためである。久々に怪談物を出したら売れるだろとかいった安易で雑な作戦が決行されたのだろう。

こういう前提知識を持っていると、とにかく売りたいといった出版社や作者の気持が理解でき、こいつら本当にどうしようもねぇなぁなどといった感想を持つことができるわけだが、この作品で最も優れているのは、ハゲキャラを完成させたという点であろう。そのハゲこそが大村半香である。

近代的ハゲキャラ大村半香

大村半香は愛すべきキャラクターなのだが、この物語の中ではダメージを受け続け、最終的にはお花の亡霊にボッコボコにされながら水死するといった最低最悪の結末を迎えてしまう。

探美は26歳、苦み走ったいい男で愛想も良く、遊びなれているためとにかく女にモテる。対する大村半香の容姿はこう描写されている。

今年三十八九、頭は空ッ禿に禿げて背丈が馬鹿に高くって顔が頓狂で鼻が高くって丸で欧羅巴人の鼻のようで滅法目立つ人物

40に近いのに無能なため探美からお小遣いをもらい、たまに油絵を描いて金をもらっているという人物である。あと幇間(たいこもち)みたいなことをして、金持に金をセビったりもする。半香(はんこう)という名は、半可(はんか)通とかけてるのかもしれない。それにしてもとにかく半香の扱いが酷い。物語の冒頭でお花から半香に手紙が届くのだが、宛先がこうである。

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半香はとにかく運の悪い男だ。お花が育ての親に呼出された際に同行をしたのだが、要件が抱かせろというものであった。これに怒ったお花は、育ての親を毒殺することを決心する。この毒は大量に飲めば死ぬが、少量飲めば馬鹿になるという都合の良い薬である。お花は育ての親に毒を盛ったついでに、遊び半分で半香にも少量の毒を喰らわせる。その結果、育ての親は死亡、半香は頭痛に苛まれる。お花は半香に育ての親の死骸を背負わせるのだが、その苦しみは並大抵のことではない。

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これ以降、半香は昼間に三度と夜に三度、頭痛に苦しむことになる。ハゲに頭痛という設定を付け加えただけだが、これによって大村半香は異常なまでの魅力を持つキャラクターとなってしまう。

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登場当初の半香は、幇間のデキソコナイのようなハゲで、別にいてもいなくてもいいようなキャラクターだった。しかしハゲに頭痛が加わることによって、半香に存在意義が加わってくる。とにかくお花は半香に厳しい。イラつくとすぐに半香を殴る。

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そして半香はだいたいは頭が痛いのだが、激怒したお花に殴られると二重に痛くなるといった仕組みが完成してしまうのである。

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半香は、なぜかお花がキレる方向へと行動する。例えばお花が発狂し、小艶の小指を噛み切った際には、お花の顔が般若みたいだなどといい、スケッチをする。もちろん後日に発覚、ブチ切れしたお花は半香の頭にガリガリ噛み付いた。

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こうして半殺しにされた半香は、しばらく寝込んでしまう。

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半香死亡

色々あってお花は、半香の息の根を止めることにする。

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殺す前に食おうというわけで、半香は食われそうになるわけだが、最低最悪の人生としか言い様がない。

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号泣しながら幾度も謝罪する半香だったが、お花は絶対に許してくれない。

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半香を食うのに飽きたお花が、ナイフで刺し殺そうとしてくるため、抵抗するうち、なんだかんだでナイフはお花に刺さる。死を覚悟したお花は頭でガラスを割った後、柱で己の頭蓋骨を破壊して死んでしまう。その姿を見た半香は怖過ぎて気絶してしまう。そのショックから、半香は寝ようとすると頭が痛くなり踊り出すという病気なってしまう。

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伯知、半香で遊びすぎだろという感じもあるが、面白いんだから仕方ない。この後も半香は幽霊になったお花からボコボコに殴られたり、書生から殺されそうになったりと散々な目にあい続けるわけだが、その間もずっと頭が痛い。

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色々あって琵琶湖疎水を舟で下る探美、小艶、半香の三人の前に、幽霊になったお花が立ち塞がる。探美(カス野郎)がピストルを撃つが、幽霊だから意味がない。そんなことも分からない探美は本物のクソバカ野郎であろう。

幽霊のお花は口から火を出しながら、探美と小艶の髪の毛を抜き続ける。ここでお花がこの二人をブチ殺しておけばスッキリしたのだが、半香が怖過ぎて発狂、疎水のトンネルに頭を打ッ付けると頭蓋骨が真っ二つに割れて出血、そのまま水に流されてとうとう死んでしまう。

事件になると面倒なので探美(人間のクズ)は半香を狂人だと言い張り、全ての責任を半香に押し付ける。

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お花も半香を殺してとりあえずは大満足、なんだかんだで全てが解決してしまうわけだが半香が悲惨すぎる雰囲気がある。半香の人生ってなんだんだろうなっていう感想を持ってしまいそうになるが、半香自身の感想もこういう感じでもうどうしようもない。

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しかし師匠のランプギャグから弟子が半香を生み出したとういうストーリーには、一種の感動がある。そして半香によって近代的ハゲキャラは完成したことは、ひとつの事実である。ハゲキャラを確立した半香は、近代日本文学における記念碑的な登場人物といえよう。

ハゲのメリット

正直なことを書くと私の髪の毛も危ない。ハゲたら潔く坊主にしたらいいだろといった意見もある。しかしあくまで頭蓋骨の形が良い人向けのアドバイスで、私の頭は歪んでいる。ハゲたらみっともないと思われる。自分の姿は自分では見えないから気にならないわけだが、ハゲとか頭蓋骨の歪みゆえに会話が発生したら、かなりうっとうしい。

私は遺伝的にほぼ確実にハゲる。しかし美容師さんから「遺伝子とは戦うことが出来る」というアドバイスをもらい、思わず美容師さんお勧めの洗髪ブラシを購入してしまったくらいである。

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散髪する際にこのブラシで髪を洗う。そうするとハゲを回避できる可能性が高いらしい。

あとは豆腐を食いまくったりして今のところ髪は維持しているわけだが、誰か助けてくれ!!というのが正直な気持である。

とにかくハゲになると面倒っていうのがデメリットではある。しかし、今回のようなハゲキャラに出会った時には、ハゲやハゲかけは有利である。ハゲが頭痛に耐えかね七転八倒しているのを笑いながら、俺もハゲじゃんとセルフ突っ込みすることで、さらなる愉快が発生する。

これはハゲやハゲかけじゃなくては得られない妙味である。ハゲやハゲかけにも救いはあるのだから、強く生きていきたい。

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