かって読上手いう概念があった。
読上手とはなにか?
- つまらない文章
- 価値のない文章
- どうでもいい文章
こういった文章から『味』や『良い点』を探し出せる能力を読上手と言う。
かって人類は、あまり読むものを持っていなかった。上手くイメージできない人は、今と200年前の年間出版点数の違い想像してみて欲しい。読上手でなくては、乱読できない時代がかってあった。
今や人類は、読むものを無限に持っている。品質の低いものと遭遇したなら、別のものを読めば事足りる。読上手である必要はない。むしろ読下手の時代であり、WEBでちょっとした表現の齟齬を目の色を変えて探し出し、必死の形相で指摘することは、ひとつのエンタメになっている。
読下手でも幸せでいられる今は良い時代で、読上手でなくては読めない時代は不幸だが、無理して読下手になる必要もないのかなというのが最近の感想である。