山下泰平の趣味の方法

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忠臣蔵は大正時代にも飽きられていた

昔から飽きてた

気が付けば忠臣蔵の人気や知名度が無くなっていたみたいな話をインターネットで見掛けたんだけど、大正時代くらいには忠臣蔵に飽きてる人は多かった。江戸時代くらいから忠臣蔵をアレンジした物語は書かれていたのだから、大正時代以前から忠臣蔵に飽きてた人はわりといたのかもしれない。スタンダードな忠臣蔵を延々と楽しめるのであれば、アレンジする必要なんかない。飽きた人がいたから、物語に改良が加えられたわけである。

ただいわゆる普通の人、あくまで仕事の余暇に物語でも楽しもうかって人たちが飽きはじめたのは、明治の後半くらいなんじゃないのかなっていう雰囲気はある。残念ながら資料としては大正のものしか発見できなかったんで、タイトルでは大正としている。

まずは明治の普通の人たちが忠臣蔵をどう楽しんでいたのか、雑に解説しておこう。

明治の中頃くらい、忠臣蔵の全てを知りたいっていう気運が上がっている。ここはなかなか難しく前提知識が必要なところなんだけど、当時は講談速記本という物語のジャンルにメチャ人気があった。なんで人気があったのかというと、当時の娯楽読み物として最高には面白かったからである。どのくらい人気があったのかっていうと、次の画像くらい人気があった。

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『潮田又之丞 : 赤穂義士 桃川燕林 講演[他] 文事堂 1900』

読むの面倒だと思うんで要約すると講談速記本サイコーって書かれている。講談速記本とは、その名の通り講談を速記したものである。講談で最強に面白く洗練されていた物語のひとつに忠臣蔵がある。もちろん演芸場で聴くのが一番だけど、異常に長いため忠臣蔵を全部聴くのはかなりダルい。そこで忠臣蔵関連の物語が講談速記本として出版される。どうせなら全部読みたいというわけで、1896年から1899年にかけて20巻で完結の忠臣蔵が出版されている。

なんでこんなに長いのかっていうと、明治の忠臣蔵は枝葉末節が面白いからで、大工が活躍したり蕎麦屋が出てきたり、誰の息子がどうであいつの親父はこうだったみたいな話が延々となされる。其角なんかも登場する。内蔵助は泥酔する。ちょっとした豆知識も登場する。今の物語とは構造が違うんだけど、そういうものが面白いっていう時代があった。

ちなみに江戸時代の忠臣蔵は、明治とは少し質的に違うんだけど、あんまり上手く説明できる自信がない。財布が盗まれてどうとか、女が身売りするとか、偶然がすごすぎるとかで、江戸の忠臣蔵は今と感覚が違いすぎてるから、よく分かんない雰囲気がある。(興味のある人はちゃんと調べてみてね) 講談速記本の忠臣蔵に人気があった理由のひとつはこの辺りの感覚の差で、江戸の物語の中だと恐らく講談が一番現代人の感覚に近い。正確さだとか、整合性だとかそういうものだな。だからこそ講談速記本がウケまくったっていうのもある。

明治後半の忠臣蔵

明治の後半あたりになると、忠臣蔵を全部知った人向けの物語が書かれ始める。『女忠臣蔵 : 武士道小説 三宅青軒 著 大学館 1906』は、赤穂浪士に吉良義央邸の図面を渡した大工の姪っ子お艶が主人公の小説だ。この物語ではお艶が無駄に怪力で180kg程度の物質ならば余裕で持ち上げることができるし、15人と棒引きをしても微笑みながら勝利することができる。

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超人のお艶と棒引きをする一般人のイラスト

お艶は物覚えも異常に良くて、2日柔道を適当に習っただけで柔術の達人に勝利することが出来る。というか討ち入り前に吉良邸に忍び込み、数人殺し数十人を半殺しにしている。

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もうお艶一人で討ち入りしたほうが良いのではといったところである。

なんでこうういう物語が書かれたのかっていうと、普通の忠臣蔵が売れなくなったからだ。

大正時代の忠臣蔵

明白に人々が忠臣蔵に飽きたっていうのは、次の書籍に書かれている。

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『侠骨みだれ焼新吉 玉田玉秀斎 講演[他] 柏原奎文堂[ほか] 大正七(一九一八)年』

大正時代に入ると忠臣蔵とか面倒クセーし、とにかく面白い場面だけ読ませろやっていう気運が高まってくる。需要に答えるために、いくつかの物語が書かれてる。

『怪傑村越三十郎駸々堂編輯部 編駸々堂書店 大正三(一九一四)年』は徳川家康の偉い家臣であった村越三十郎の孫が主人公、山鹿素行に学んだところから浅野家贔屓なんだけど、基本的に内蔵助は村越のアドバイスに全て従う。

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斬られそうだが無表情の三十郎、この後斬ろうとした奴は死ぬ

失敗しそうになると村越が全て解決する。赤穂浪士たちが江戸で商人に化けたのも全て三十郎の力であり、三十郎は京都と江戸をメチャ往復しまくる……といった物語である。これを読んでも忠臣蔵のストーリーは分からないけど、とにかく村越三十郎が京都と江戸を往復しまくるんでまあいっかっていう感じになれる良作である。

『有馬源之助廿五ケ所道場破り 駸々堂編輯部 編駸々堂 大正三(一九一四)年』は、内蔵助の友達の息子が主人公だ。源之助は山鹿素行の元で修業をした結果、見るだけで人を半殺しにできるという能力を得る。あと木刀で大木をカチ割ることもできる。ついでに力が無駄に強く、清水の舞台から人を捨てて身体を粉微塵にしたりもしている。講談速記本の主人公としては、それほどすごい能力を持っているわけではない。金剛不動丸くらいになると、火も熱くないし、水の中でも普通に活動できるし、100万人と戦っても絶対になにがあっても負けない上に、どんな術を使っても跳ね返す上に、すぐ人殺す能力を持っているから、源之助とか講談速記本の世界では雑魚でしかない。しかし源之助レベルの能力があれば基本的に死ぬことはなく、源之助の趣味は道場破りです。

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道場破りをしてスカっとした源之助

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被害者のオッさん、そのうち死ぬと思う

お艶と同様、源之助一人で吉良を殺すこともできるのだが、それだと仇討ちにならない。だから陰からサポートする。源之助の相棒は江戸っ子の熊五郎で、こいつはめ組の兄ィたちと友達なんで、討ち入りの日にはめ組を総動員してワーワー騒いだりしている。とにかく源之助が強いんで、さっさと吉良殺せやっていう感想になる名作である。

以上見てきたように、明治大正あたりに書かれた忠臣蔵を題材にした物語は、お前が吉良殺せばいいだろっていうものや、主人公が背後から内蔵助の行動をコントロールしたりするものが多い。なんでこうなるのかっていうと、忠臣蔵は登場人物が多すぎる上に長すぎるからである。忠臣蔵の全てのストーリーを見せながら、異なる視点の物語に仕立て上げようとするとメチャ長くなってしまう。しかし読者は忠臣蔵に飽きちゃってるんだから、そんな長い物語は読みたくない。短かくしちゃうとダイジェスト版みたいになっちゃうんで、飽きてる読者は面白くもない。加えて登場人物が多過ぎるから、新たに書き直すのが面倒クセーってなるのも大きい。現在、新作の忠臣蔵が作られないのも面倒で金かかる上に、そんな面白くないってのが大きな理由なんじゃないんだろうか? 瑣末な部分が面白い物語だからね。

とまあこの様に、昔から我々は忠臣蔵に飽きていて、そんな人向けの物語っていうのが書かれていた。

私は忠臣蔵に対して、私は愛着を感じていない。だけど幾人もの創作者が、実話をイジくり廻して現代まで物語として残してくれているという事実に対しては感動を覚えてしまう。ちなみに私は、忠臣蔵なんか知らなくてもいいとは思うけど、知ってても罰はあたらないかなって考えている。スタンダードなやつをひとつくらい読んでみてもいいかもしれない。でもスタンダードがなにかっていう問題があって、浄瑠璃か歌舞伎か知らないけど、とにかく『仮名手本忠臣蔵』はかなり読むのダルいと思う。吉川英治のはわりとスタンダードなのかな? 読んだことねぇからよく分からないけど、英治なら絶対面白いんじゃないかな。

新編忠臣蔵 全20巻

新編忠臣蔵 全20巻

私のおすすめは講談速記本なんだけど読むの少しムズいしダルいかもしれない。これなんかは読みやすいけど、全部は書かれていないし雑である。

赤穂四十七士 - 国立国会図書館デジタルコレクション

忠臣蔵なんてテロだろなんて批判もある。だけど全部読むと討ち入りとかより、徳利がどうとか俵星玄蕃が米俵飛すとかのほうが面白いってことが分かるだろう。そういうのが理解できるだけで読む価値はあるのかなって私なんかは思っている。

最後に娯楽が忠臣蔵しかない時代ってのも不幸だが、忠臣蔵の新作が産れない時代もまた不幸であるといった警句的なことを書いてみたけど、今は面白い漫画とかアニメあるし、そんな不幸でもないような気もしないでもない。