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山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

私はこういう人です

社会性に乏しい人間は少数派である

趣味と社会

服が苦手な人は社会性に乏しい可能性が高い

上記の記事を読み、なるほど服が苦手な人は社会性に乏しいのかッ!!! などと私は関心フムフム納得してしまったわけですが、これが正しいとすれば、服が苦手な人はわりといそうだから、社会性に乏しい奴も沢山いるのかなって安心してしまいそうになる。しかしながら、服が苦手な人は少ないと思う。

その証拠として、服のタグに着用可能期間といった表示が記載されていないという事実を挙げることができる。

私は服が苦手だから、一度買ったら当分は服を選びたくない。だから長持ちしそうなものを買う。これは服が苦手な人間としては合理的な行動である。

服が嫌いなのにこういった点に注意せず、無作為に服を買う人間は常軌を逸していて、人間としてのスケールが違うし破天荒だと思う。服とかどうでもいいし、荒縄やらチェーン巻き付けて暮しているんだと思う。そこまでダイナミックな人間なら社会性に乏しくても大丈夫だし、とにかく人生に安心感があると言える。しかしながらこれは例外であって、服が苦手でダイナミックじゃない人間は、細々と丈夫そうな服を買う人生を送っている。

ところで最近分かったことなんだけど、服は布が丈夫なら長持ちするというものでもない。なにが服の丈夫さを決めるのかよく分からない。だから服のタグに着用可能期間みたいなのを書いて欲しいんだけど、書かれていない。

食品には賞味期限が書かれている。腐った食べ物を食べたくないというみんなの気持が一丸となっているから、食品会社も圧力に負けて賞味期限を書く。みんなが腐った食べ物を食べて死んでも細かいことだし気にしないといった世界であれば、賞味期限など存在しない。

その上で、服の着用可能期間は記載されていないという事実がある。なぜならその服がどの程度の期間着用可能なのか、特に興味もないのが多数派だからである。だから服を作ってる人らも、着用可能期間を記載しない。

服が苦手な人で社会性に乏しい人々は、着用可能時間が必要だと思っている。しかし世の中の多数の人々はそうは思っていない。つまり社会性に乏しい人間は、少数派であるという結論を出すことができる。

いやいや俺の周囲には社会性の乏しい奴らが沢山いるぞッ!!て思った人もいるかもしれないけど、残念でした〜!! それはお前の社会性が乏しいからそういう人間が周囲に集っているだけで、普通の人たちはみんなで仲良く毎日ワイワイガヤガヤ楽しくレクリエーションして暮しています〜!!! ということになるが、私は社会性に乏しいのでワイワイガヤガヤ楽しくレクリエーションしたくない。こんな記事を読んでいるあたなも色々乏しいと思う。ですから私はレクリエーションよりも、一人オセロをお勧めします。

一人オセロっていうのがなんなのかというと、自分の中に黒と白を作って、一人でオセロ勝負をする。黒は悪者だからイカサマ仕放題です。黒の卑劣な手段によって、白は何度もピンチに陥るんだけど、最終的にはなんか良い感じになって黒に勝つ。黒は死刑になったり、そこまでいかなくても終身刑か懲役20年の二択なんだけど、最終的には面倒くさいから死刑です。それでも黒は健気にも脱走し、また白とオセロ勝負をするのだが、実は白は国家権力につながりがある権力の亡者なので、何度やっても黒は負ける。白は上司には好かれるけど、パワハラを繰り返し部下の手柄は横取りする上に、絶対になにがあっても部下を守ることのない典型的な人間の屑である。もちろん家族からも嫌われている。その一方で黒は白へ上納金は支払った上で、収入の一部を孤児院へ寄付しているが、ある日クソムカ付いて寄付も止めて白へ上納金を収めるのも止めて、白の顔面をオモクソ執拗に殴り付けたが、周囲の人々は大爆笑であった。赤っ恥をかいた白は黒を裏切り者とみなし、黒を倒すための刺客を次々と送って来る……といったルールの遊びである。私は今迄にこの遊びを5回ほどしました。

とにかく一人オセロは面白いのでお勧めなんだけど、服が苦手で社会性に乏しい人は、自分は少数派であると認識する必要がある。社会性に乏しいのが普通だろと思って行動すると、大変なことになる。あんなことも、こんなこともありましたね。社会性に乏しい奴が自分は少数派だと知っていれば、回避できたことが何度もあったと思います。あんなことも、こんなことも、起こさず平穏な毎日を送ることが出来たのです。

自分を知るということは大切ですし、とにかく少数派は隠れて暮さなくてはいけないし、見付かれば生命がない。だから週末は自宅にいて、一人オセロで遊びましょう。

ヴィクトリーオセロ

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マグネットオセロ

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