山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

戦争をすると人間は頭が悪くなる

藤森淸一朗という人がいた

藤森淸一朗という人がいた。戦前は開戦に反対し、戦後はまれによくいる妖怪みたいな人……伝わるかどうか不明だが畑正憲みたいな感じ……になった。石原莞爾とかと同じくらいのレベルの超すごい人である。(事実として戦時中にそう言われてたっぽい)

藤森は北京駐在武官として呉佩孚との会談などを通じ、中国の実情を把握した上で、対中戦略の誤りと対米戦不可避を正確に予見した。それを書面にし中央に具申したが容れられず、昭和15年に予備役に編入した。終戦時には鈴木貫太郎のブレーンとして働き、戦後は一時的に民主公民教育に転じた。

その後は一元協会、日本民族独立運動などを主催し、個人誌『独立』を278号まで刊行、海軍将官出身でありながら天皇の戦争責任を問い続けた人物で、状況認識力、知的独立性、時流に迎合しない判断力において、明らかに優れた知性を持っていた。

戦時中と戦後で書くことが全く変る人は多いのだが、この人は一貫していて、戦時中に「一億戦闘配置を要請」されているのに、「国内で戦闘行為で死んだ人を戦死者扱」いにしないのはおかしいと主張している。

「防空壕に子供を避難させ」たり、消火訓練するのも戦闘、「一般国民にして爆死した者は戦死であるべき」としている。そして「防空壕などを、金ある者は良い物を造ってるが、大多数者は雨ざらしであると云う様な事では戦争になっていない」。

藤森の家にも「先日は火災保険の勧誘員がやって来て、戦時保険がつけてなければ爆撃に対して責めが負えないと」言われ激怒し、「戦争行為に於ける損害を個人負担にしておく」のは気合が足りない、「興亡の岐路にある戦争」なのだから、生命保険も火災保険も「一切一時中止」にすることで、「何十万」の労働力を確保することができる。本土で決戦する以上は、「臣民の生活は一切国家で保障」し、国民に「戦力発揮の為の最善の努力を要請」するのがスジだとしているが、まともな内容だといえよう。

藤森の思想は、やるなら徹底してやるという点で一貫し続けた。戦後すぐに民主公民教育を始めたのは意外で、公職追放になったから金を稼ぐためにそんなことをしたのかなと思わなくもないのだが、ここでも書いていることはまともである。

日本は敗退した。而して国家機能は喪失して連合国の管理下に在る。何故かる運命に置かれる事になったか、日本人が公民たる資格に於て欠加しておったからである。日本人が世界民ではなかつたからである。かくて日本人の存在が文化の破壊であり、国際社会の邪魔物であつた為に世界の袋叩きにしたのである。

日本人よ。先づ反省せよ。国際人としての日本人はどうしたらよいか。社会人としての公民たる資格は如何。日本人有る為に世界に光を添へるには、吾人は如何なる覚悟と教養とを要するか。有史以来の日本国は弦に失敗した。今後の日本及日本人は如何にして世界に貢献するか。之が研究及実践こそ現時局下に在る吾人の急務ではなくてはならない。同憂の士は来りて参せよ。そして新日本の建設に努めようではないか。

藤森清一朗 著『公民とは : 英和對譯』,公民教本社,1946.4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/11177473 (参照 2026-03-16)

金儲けの雰囲気は皆無で、読者が気持ち良くなる要素がない。そして一貫している。戦時中は「一億戦闘配置を言いながら損害を個人負担にするのは戦争態勢になっていない」と批判し、1946年には敗戦という事実を受け入れ、新日本の建設のために、国際人を作ろうとした。ちなみに『公民とは』は「英和対訳」になっている。藤森は本気で国際人を作ろうとしていたのである。

藤森が一部分だけ馬鹿になった!

ところが藤森は戦後に目茶苦茶なことも書いている。

あと一年も本土で戦ったら、日本の人口は半減したであろうし、あらゆるものは破壊されたであろう。しかし、アメリカ軍も十分の一位の戦死は出たであろう。かくて遠征軍は敗けて何れの日か本国にかへる。歴史の例によって、米軍もつまらない戦争の継続をやめたであろう。

(中略)

無条件降伏の時に吾人の切言したのは、四つの島では人口の関係上独立の条件が成立しないと云ふことであった。あの時に人口が半減しておったら、自給自足の構へも出来て、軍隊の五十万や百万は維持出来るのであるが、今日の状況に於ては、日本の独立し得る時機は来ないと見なくてはなるまい。

青年よ起て / 藤森淸一朗/『日本及日本人』4(1),J&Jコーポレーション,1953-01. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3368143 (参照 2026-03-16)

ようするに無条件降伏せずに人口半分になるまで戦ったほうが良かったという話である。

私は軍事の知識がないので、全体的に小学生レベルの分析になるが、当時の日本の人口は約7200万人だから、3600万人が死亡するという想定になるが、無理なのでは? 米軍が戦争に疲れて帰るというのも雑だし、人口が半減すれば自給自足が成り立つというのも謎で、本土決戦すると農地・インフラ・産業基盤も破壊される。生産基盤が壊滅状態なら人口半分でも自給自足は成立しないし、軍隊の五十万や百万は維持出来ないだろ、バーカバーカ、アホの考えなしーと子供から目茶苦茶馬鹿にされそうな内容であるが、「青年よ起て」の全体をみるにそれほど変なことは書いていない。

軍需も民需もアメリカに依存していた時点で既に負け、それは戦前から分かっていたから、武力戦は避けたかった、しかし始まった以上は無条件降伏だけは阻止すべき、なぜなら他の被占領国は無条件降伏していないからだ。藤森は広島に原爆が落ちソ連が参戦した段階で、なお「戦い抜くことのみが日本を生かす」という文書を作成し大本営に配布した。怪文書に近いが、ソ連参戦は彼の中では確定事項で、事前にこの事態への対応を準備していたのだろう。極限状況でのパニックではなく、練られた上での「人口半分になるまで戦い抜く」だった。

このようにここでも思想のキレはみられるが、人口が半分になるまで戦うというのは狂っている。もっとも藤森は「今日壮年期を過ぎた人は、その全部が敗戦責任者」とし「壮年期を過ぎた人は失敗した人であるから、その人達に期待することは出来ない」と書いている。消えるべき半分は自分を含めた「壮年期を過ぎた」「失敗した」「敗戦責任者」とも解釈できなくもないが、おそらくそれは穿ち過ぎで、単純に戦争で頭が悪くなったとするのが自然であろう。

一般論でいうと、長期間の極度なストレスは認知機能を低下させ、慢性的なストレスは複雑な判断や長期的思考を損なう。言論は制約され、異論を述べる相手が減り情報は偏る。目の前の問題への即応を強られるため、思考の時間は短くなり、戦争をすると全体的に頭が悪くなっていく。

藤森のケースは少し違っていて、私の推測では以下の通りである。

  • 私の話を聞かず、負けると分かっていて戦争を始めた
  • 始めた以上は勝つ方法を考えるべきで私はそうした
  • 私は鈴木にもそう話した
  • その結果がこうだ

このような強烈な記憶や体験があり、思考に影響を与えた可能性が高い。

戦争が起きるとこのような強烈な体験やトラウマが発生しやすくなり、結果的に戦争は人間の頭を悪くするといった感じで、個々人は個人的な体験によって頭が悪くなっているのに、集団としてみると全方位的に頭が悪くなっているように見えるといった状況だといえよう。

人間は金がなくなると馬鹿になるし戦争になると馬鹿になる

たまに戦争でテクノロジーが進化するみたいなことが言われることがある。確かに目的が明確で評価基準がはっきりしていれば、そういうことは起きる。レーダーの性能を上げる、暗号を解読する、爆弾の威力を高めるなどは、危機的状況がリソースを集中させるから進化する。国家規模で視野が狭くなっているから、これが達成できる。

別のケースだと戦争で危機的状況に置かれる可能性が増えるので、ノルアドレナリンとドーパミンの急激に出まくって、一時的に頭が目茶苦茶回転するということも起きやすいと思われる。ただしこれも危機的状況が長期化し慢性化すると、機能しなくなる。

結局のところ戦争は特定の認知能力を研ぎ澄ませることはあるが、別の認知能力は損なわれるというのが妥当な判断だろう。

難しいのは過集中による成功体験が、損なわれた部分への自覚を妨げる点だ。部分的な正しさが、大局的な判断の狂いを隠してしまう。そして藤森にも同じことが起きた。

仮に藤森の主張通りに本土決戦に踏み切ったとしたら、ソ連が北海道に侵攻して日本は南北に分断されたかもしれない。そうなると藤森が求めた「独立」からは、むしろ最も遠ざかる結果になる。開戦から終戦まで最悪で醜悪が続いたが、国家は残り統治機構が機能したまま占領に移行できた。いつもの藤森ならば、そこまで見通せたはずだ。それができなかったことこそが、戦争が人間の頭を悪くした実例なのだと思う。

戦争になると馬鹿になるのは、金がないと頭が悪くなるのと似ていて、こちらは金がないということに頭を使うため、他の判断に使えるリソースが減るというメカニズムだ。同じ人間でも金があるときには合理的な判断ができて、金がなくなると判断の質が落ちる。

違いがあるとすれば、金がなくて頭が悪くなるのは可逆的で、金が増えると元に戻る点だろう。

戦争で悪くなった頭は不可逆だ。死んだ人は死んだままだし、藤森の「正しかったのに独立を失った」という経験は埋められない。だから藤森は『独立』誌の表紙に「独立なくして平和なく自由なし」の標語を掲げ続けた。

追記

私はすでに今は戦争状態だと感じているため、かなり頭が悪くなっている。最近、平和や戦争関連のことを書いているが、私にはそういう資質はない。資質がないことを書いているのは、頭が悪くなっているからだと思う。

藤森淸一朗は偶然知った。軽く調べたが、本格的にやり始めるとものすごい膨大な資料に向き合う必要がある。魅力的な人物だが、生存している藤森とつながりがある人とコミュニケーションが必要になりそうなので、私は調べるのは止めてしまった。(私はコミュニケーション能力があまりないため)

本土決戦は可能で藤森の戦略は妥当というようなのがあって、そうなのかと思った。私が本土決戦は無理だろと考えた根拠は以下の三点。

  • 供給がないこと
  • 本土決戦に至るまでに日本側に被害を与え続けることができたこと
  • 1945年の冬あたりには餓死する人がでてくるような状況だったこと

すでに一箇所に集めて莫大な被害を与えるのは無理な状況だったような気がしないでもないのだが、このあたりの知識がないので出来る要素を知らないだけなのかもしれない。

私の興味の対象での判断だと、戦後に疎開した知識人や富裕層は、地方文化にほとんど影響を与えていないという事実が気になっている。これはおそらくあまり好ましく思われていなかった、あるいはコミュニティーに溶け込めていなかったことを示唆している。本土決戦が行なわれ、通信網、行政、警察機能が消滅すれば、彼らに暴力が向けられていた可能性があったと思う。つまり住民全部敵ではなく、住民同士が敵になるということで、このあたりからも本土決戦は難しかったんじゃないかなと考えている。

江戸時代程度まで人口を減らせば自給自足が可能という指摘については、そこまで人口が減った状況ならインフラも壊滅しているはずなので成立しない(江戸時代の農業もすごいので)と思うが、こちらも私が知らないなにかがあるのかもしれない。