物資が不足する時がある。事前に止められるのならそれが一番なのだがそれが無理な場合、合理的な考え方の人が多く住む場所でなにが起きるのか、一つの事例を紹介したい。
物資が不足した際に、合理的な考え方ができる人は、まず不足してるという事実を素直に認めてしまう。その上で不足する物資の総量で、最大限の効果を出す方法を考える。だからはかりや定規、体温計や温度計が売れる。
京城日報 19420307
計測を普及させるための活動も開始する。
東京府主催 家庭計量文化展覧会誌 家庭計量文化展覧会協賛会 1937
なぜ計測するものが売れるのかというと、常日頃から様々なものを計測するためである。計測することで、必要にして十分な量を把握することができる。風呂の湯に必要な水の量を知り、必要なだけの燃料を使って温める。必要な調味料の量を知っておき、計った上で使用する。ハンドクリームを使用料を最小限にしつつ、最大限の効果が出るように塗る。ついでに家計簿を付けて、なににどの程度のお金を使うのかを考える。
こういう生活を一部の人は標準生活と呼び、一時的に流行していた。
本格的に物資が不足すると、メーカーが広告で必要十分を心掛けましょう呼び掛けることすらあった。
京城日報 19420313
京城日報 19400516
買いだめをする人もいるからこそ、メーカーが買いだめするなと怒っているわけで、このあたりは何時の時代も変わらない。全体主義に見えるという人もいるかもしれない。しかしながら合理的に行動しようとする人たちがいたことは事実であり、圧倒的に食料が不足してくると、とにかく栄養を吸収しようと胃薬が売れる。こちらも合理的な考え方だ。
京城日報 19420225
今回、事例として紹介したのは戦前戦中の日本である。台湾ではマスク不足に国家が対応しているが、過去の日本でもこんなことが実行されていた。人間が集ると良いことも悪いこともあるのが当然で、不合理な行動に勤しむ人々も大量に存在してはいる。しかし戦時中にも合理的な考え方をもとに行動する集団がいたのだと、もう少し知られていいと私は思っている。
もちろんこういった考え方はいきなり登場するものではない。先人たちの思索や活動の末にようやく発生したものだ。彼らの合理的思考を形作ったものの一つが簡易生活で実に重要な考え方なのだが、残念ながら去年の時点では簡易生活について書かれた書籍は存在していなかった。マイナー文化だから調べる苦労のわりに認められることもないし、そんなことについて書こうという志の高い人がいるはずもないかと諦めモードで先程検索したところなんと「簡易生活のすすめ」という本が見付かりました。
簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった! (朝日新書)
- 作者:山下 泰平
- 発売日: 2020/02/13
- メディア: 新書
簡易生活とは、明治・大正・昭和初期に知識人や庶民の間で、密かなブームになった生活法である。「実用がすべて・簡易で簡素・余計なものは排除」――、このように行動すると、ムダな付き合いや虚飾が排除され、個人のポテンシャルは最大限に発揮されるという。しかし独自解釈をした変わった者もいて……といった内容で、なるほど実に素晴しい本だなぁと感心しつつも、一体誰がこんな良い本を書いたのだろうかと作者の名前を見たところ、なんと書いたのは私でしたというわけで今日も読んでくれてサンキュー!!!