山下泰平の趣味の方法

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『簡易生活のすすめ』について

発売されました

2020/02/13日に『簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった!』が発売された。

2月号明治娯楽物語研究家 山下泰平Yamashita Taihei現代より進んでいた!? 明治にあった究極のシンプルライフ (1/2) |AERA dot. (アエラドット)

上の記事でも解説をしているのだが、書いた人としてどういう本なのかをもう少し踏込んで紹介しておきたい。

前作の『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』では明治娯楽物語、つまりフィクションの世界を扱い、今回の『簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった!』は生活法を描いている。全く違うジャンルなので、ずいぶんと節操のない人間だなと思われてしまうかもしれないが、『簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった!』は、前作『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』の続編のつもりで書いている。最高シリーズといったところである。

明治娯楽物語と生活法には、つながりなどないような気がするかもしれない。しかしながら実は大有りで、『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』で紹介したような作品を書くためには、『簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった!』で紹介しているような合理性が必要だ。

簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった! (朝日新書)

簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった! (朝日新書)

  • 作者:山下 泰平
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/02/13
  • メディア: 新書

かって変な作品と出合い、一体なんなんだこれはと驚き、明治の資料を読みこむうちに明治の人々考え方をぼんやり理解し始め、やがて偶然にも出会った簡易生活を経て、なるほどこういう感じであったのかと、ようやく納得することができた。そういった読書の冒険のようなものをまとめたのが、『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』と『簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった!』ということになるわけだが、個別に読んでも十分に面白いものになっているはずだ。

本の内容

『簡易生活のすすめ』は、明治に発生し大正昭和と存在していた簡易生活を対象とする書籍である。簡易生活を実行する人々の文章や活動を紹介しながら、たまにこれは現代でも通用するような考え方だから、こういう感じで使ってみてもいいかもしれないですねと提案したりしている。現代ではどうか的なことを入れたことで、ちょっと説教くさくなってしまっているところがあるのは残念だが、私の実力不足が原因なので流していただければ幸いである。

当初はより実用的な側面を強くする予定だったのだが、「簡易生活」そのものが良すぎるため今の形になった。さっきから簡易生活って何度も出てくるけど、そもそも簡易生活ってなんなんだよって人は、『簡易生活のすすめ』を読めばだいたい分かると思う。

『簡易生活のすすめ』には多彩な人物が登場するが、わりと社会主義者の割合が多い。今とは違って明治のある時代までは、社会主義はかなりブームになっていて、生活を改善するための便利ツールとして認識していた人もいた。夏目漱石の初期小説にも、社会主義的な考え方が登場しているくらいで、今よりずっと身近なものであった。生活を改善するための便利ツールである簡易生活とも相性が良く、幾人もの社会主義者が簡易生活者に参入した時期があったのである。ちなみに『簡易生活のすすめ』にアナキストの大杉栄も登場するのだが、弁当を食ってるだけで特に活躍しない。そんな彼ですら簡易生活を実行しろと、奥さんに手紙を書いている。もちろん社会主義者の他の人々も、簡易生活を知っていた。学生さんやお手伝いさん、実業家や店員、謎の引きこもりや和尚さんなど色々な人が登場する。

ちなみに『簡易生活のすすめ』には、男女同権、つまりフェミニズムの話題がわりと出てくるのだが、意図的にフェミニズムを強調していない。禅やキリスト教、社会主義や功利主義や個人主義なども登場するが、そちらに重点を置くこともしていない。人間は単純な生き物だから特定の単語を見ると、思考の流れが変ってしまうことがある。『簡易生活のすすめ』は簡易生活を知って気が向いたら実行するための本なので、そういうふうに処理している。話題になってるから、それほど関係ないけどフェミニズム全面に出していこうみたいにならなかったことで、本としての質は上がったと思う。

簡易生活の難しさと面白さ

簡易生活が叫ばれた当時、簡易生活をリアルタイムでまとめようとした人はいなかった。なぜなら巨大な集団の運動ではなく、個々人が好き勝手にこれが俺の簡易生活だッ!!みたいな感じで実行していたものだからである。そんなわけで人によっては真逆のことを語っている場合がある。私はそういうのが好きなんだけど、そんな混沌がこれまで簡易生活という概念が理解されてこなかった一因にもなっている。なので『簡易生活のすすめ』では、様々な人たちが考案した生活を改善する方法と行動、彼らが実現しようとしていた理想の生活を考慮しつつ集約すると、最終的に簡易生活はだいたいこういう場所に辿り着いてますといったものを描いている。

そんなわけで『簡易生活のすすめ』を読めば、簡易生活のバリエーションは概ね把握できるはずだ。明治から戦前の文献を読んでいる際に、簡易生活という言葉に出合うことがある。そんな時にああここではこういう意味合いで簡易生活を使っているのだなと理解することができるようになれると思う。明治から戦前の資料を読みまくっている人でもない限り、簡易生活という単語に出合うことはほとんどないのかもしれないが、理解できないよりはできたほうが良いような気はする。

そして簡易生活にとどまらず、過去に発生した事柄についても、より正確に考えることができるようになる。明治から終戦まで、色々なブームが登場する。改良ブームや標準ブーム、親切ブームなど色々だが、こちらも簡易生活を知っているとこういう意図なのだなと理解することができる。例えば計量ブームの際には標準生活というものが発生した。

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東京府主催家庭計量文化展覧会誌 家庭計量文化展覧会協賛会編 昭和一二(一九三七)年

標準生活とは様々なものを計量し、基準を決めて無駄なく暮すというもので、かって定規や計量器が生活に革命を与えるツールとして賞賛される時代があったのである。奇妙な考え方に思えるが、簡易生活を知っていると、明治期の無駄なことはしない、必要にして十分な物質で生活する、中心となるものを定めるといった考え方が徐々に先鋭化、単純化したものなのかな……などと考えることができる。

簡易生活に限ったことでもなく、昔の文化は理解するのが難しい。『簡易生活のすすめ』では平民主義も紹介しているが、これは本来は民衆に基盤を置いて近代化を実現するための考え方である。民衆というのはギリ刀を差すことが許された人々の子供たちで、平民主義の平民に商人は入っていない。豪商はどうなんだって話になるんだろうけどその辺りは社会通念だとかもからんできてややこしくなってくるので、そういうものだと思っておいて欲しい。ただ田舎に住んでいる貧しい家の子供が偶然にも平民主義を知ったとしたら、俺だって色々やれるんだと考えたかもしれない。それは勘違いなのだけど、勘違いであったとしても、本来の意味から離れ新しくなってしまった思想を受容したことになってしまう。彼のような人々が成長し、自分だけの平民主義に基いて行動すると、やがては思想の意味合いも変化していく。そんなわけで平民主義は時代がすすむにつれ、一部の場所では簡易生活を構成するパーツになっている。なんだそれって感じなんだろうけど、そういうものなのだから仕方ない。

文化が洗練されていく中で起きる変な事件はわりと多い。社会主義者たちが西洋の文明を勉強し研究会なんかも開き、簡易生活を真面目に追求している一方で、大坂の若い変人のお坊さんが恐らく当てずっぽうで書いた本のほうが先に進んでいるといった現象も発生している。この和尚さんは徳富蘇峰も福沢諭吉も追い越してしまっていて、それでも全てをヤマカンで書いてる風味がかなり強く、なんでそんなことになっているのかサッパリ分からないのだが、そういった一種の狂乱も含めて楽しめるような本にしたつもりである。

ちなみに『簡易生活のすすめ』は、簡易生活の考え方にそって書かれている。それは良いものは良いし悪いものは悪い、良いも悪いもあったことはあったことなのだから、あったと受け入れるしかないといった考え方である。だから日本は超すごいというものが描かれているわけでもないし、明治は最高今は駄目みたいな内容でもない。もちろん日本も明治もみんなダメだッ!! なんてことも書いていない。あったことをそのまま書きつつ、補足としてこういう悲惨な状況もあったよと記述している。

実用的でもある

この本は簡易生活を解説するための本であると同時に、生活を簡易化するための本でもある。生活を簡易にするためには、仕事が楽でなくてはならない。なぜなら忙しく複雑なのは簡易でないからである。喧嘩は簡易でないから、人間関係も良好じゃなくてはならない。そういうことを実現するため、明治大正昭和初期の簡易生活者たちは色々なアイデアを出している。それを真似すると、概ね上手くいく。

私のことを昔から知っている人は、お前の生活はずっと破綻してただろと思われていることだろうが、今も多少は破綻しているものの、それなりに快適に生活をできていて、人間や生活って変われば変わるものだなーなんてことを思っている。生活や人間に変化があったのは、老化も原因の一つなのだろうが、半ば遊びで簡易生活を実行し始めたのが大きいような気がしないでもない。

職場でも簡易生活を導入しており、私が座っている周囲2メートルくらいは効率的に働けていて、仕事は面倒くさいけどそれなりにやっているといった雰囲気で、GAFAに勝ちたい企業や、国際的な競争力が欲しい国におかれましては、簡易生活の導入をお勧めしたいところである。

世の中の雰囲気っていうのは馬鹿馬鹿しいようなことでカラっと変ってしまう。今はみんなが簡易生活のことをあまり知らないけど、公共広告が毎日50時間くらい明い雰囲気の簡易生活のCMを流し続けたら、かなりの人が簡易生活を知ってる状態になる。そうすると全体的に明い雰囲気になり、効率的に働ける世の中になってしまうはずだ。今は1日24時間しかないから不可能であるが、みんなで頑張って1日を50時間にしていきたいものですね。

話を戻すと簡易生活を導入した後は、怒ったりすることも、ものすごく減ってしまった。喧嘩は煩雑で簡易さからは程遠い。簡易生活を実行していると、争いごとにまきこまれることも格段に減る。現代社会で議論されている事柄、例えばフェミニズム、あるいはリベラルと保守などについても、個人レベルなら簡易生活で概ね正しい判断ができてしまう。だから喧嘩になることもない。

簡易生活は仕組み上、実行する人が増えれば増えるほど生活が快適になっていく。なぜなら簡易生活は、みんなで簡易に生活し楽しい社会を作ろうじゃないかという思想であるからだ。実際に簡易生活を知ると、単純すぎてビックリしてしまうかもしれないが、実際に使える考え方や生活法なんてものは、そんなものなのだと思う。

簡易生活は実に楽観的である。現在の厳しい状況を生きていると、馬鹿馬鹿しいものに見えてしまうかもしれないが、それでもこの本が読まれまくり、簡易生活を実行する人が増えたらいいなと思っているところです。

簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった! (朝日新書)

簡易生活のすすめ 明治にストレスフリーな最高の生き方があった! (朝日新書)

  • 作者:山下 泰平
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/02/13
  • メディア: 新書