山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

私はこういう人です

日本の労働環境が悪かったとして

日本の労働環境はあんまり良くないって話がある。労働環境だけじゃなくて、若者が金に困ってるだとか色々な問題が存在している。

それを産み出している制度や環境がゴミみたいなものだったとして、それじゃなんで今の日本が一応は先進国っぽくなってるのかっていう疑問が湧いてくる。日本の近代を眺めてみると、いろいろかなりヤバかったけど、なんとかかんとか切り抜けてきている。ずっと一貫してゴミ環境でやってきたんだったら、日本はゴミみたいな国になってたと思う。

なんでゴミみたいな環境なのに先進国になっているのか、適当に考えただけなんで適当なこと書くと、次の二つの理由が思い付く。

  • 当時は諸事情でそうせざるを得なかった
  • そしてある時期まではその手法が通用していた

例えば日本の長時間労働はわりと昔から問題になってるんだけど、ある時期まではそういうのも徐々にきちんとしていこうなぁっていう話はあった。なんで徐々にきちんとしていこうと思ってたのかというと、日本の労働環境がクソダサいのが嫌で、むしろ西洋諸国より良い国にしたいっていう希望があったからである。ただし自分たちの国を見てみると、技術がなかったり、土地狭かったり、国全体のレベルが低いという現実がある。ダサいけど良い国にするためには仕方なしに長時間労働するしかねぇって感じがあった。

そもそも明治大正くらいだと、都会へ行って毎日10時間くらい働いて、たまにちょっと美味い晩飯と甘いもの食って映画観に行けたら、農村にいるよかすごいハッピーだわみたいな低レベルな雰囲気あった。そうするしかなかったし、それでそれなりの幸せを感じてた人々がいた。そして未来はもっと良くなるぞっていう希望もあった。

なんでそういった環境が改善されないまま、今も残っているのかっていうと、戦争に負けたというのが大きい。戦争に負けたからというか、昭和の初めあたりから、ちょっとずつおかしな方向に進み始めていたような気がする。

明治になって最初の頃ってのは、どんどん良くなるっていう想定ありきで、国をデザインしている。良くなるっていう前提でやっているから、不景気が来ると計画がおかしくなっちゃうのは当然である。その他にも理由は色々あるんだけど、概ねそういう感じだと思う。

個人的には習慣とか慣習から発生する問題の場合、今だけ見ててもあんまり意味ないよなって思う。ある時期まで良くしようと思っていた人らがいて、その人たちの活用や思想がどの程度まで到達できたのかを知ってたほうが、問題をより正確に把握することができる。本来ならば素晴しいものが、だんだん歪んでいく様を眺めるのは、あんまり良い気分じゃないけれど、なんで今こうなのかっていうのを知らない人より深く考えることができる。

当り前だけど個人で全てを調べることはできない。私は暇人なんで、明治時代に発生し、戦中くらいまで生き残った『簡易生活』っていうのを調べたり実際にやってみたりしているんだけど、これがなかなか面白い。『簡易生活』なんてものは瑣末も瑣末、今や知る人もほとんどいないような文化というか習慣というかライフハックというか、とにかく一時的な流行である。しかし『簡易生活』知らなけりゃ、まともに明治大正の一部の文学を理解するの難しい。聖書を読まずに明治大正の文学を理解するのと同じくらい難易度が高いと思う。ところがちょっとしたブームの『簡易生活』だけでも、複雑にして怪奇でなかなか理解が難しい。キリスト教や経世論、はては呼吸法や癌治療まで関係してくるのだから完璧に理解するのは無理だと思う。ましてその他の巨大な文化をきちんと理解するのは、一個人の力じゃ無理じゃないかなって思う。

今は『簡易生活』についてはまだ調べてる途中なんだけど、多少は言えることがあって、『簡易生活』を実践していた人たちは、大正時代すでに『断捨離』やら『ミニマリスト』、あと今流行の瞑想やら野菜食って運動しろみたいなところに辿り着いてる。そして『簡易生活』の過激派の人らは、男でも家事をバンバンやってる。家事の時短なんかも、当り前のようにやってる。

ブームが繰り返しているだけって側面もあるんだろうけど、まだまだ全てが不十分な時代に、おかしなオッさんたちがすごい考えて、今も通用するような場所に到達してたっていうのは事実である。こういうのがなぜ今の生活につながってないのかっていうと、やっぱり戦争なんだけど、そのあたりのことはそのうち書こうと思っています。

話がちょっとズレてしまったので戻すと、慣習や文化っていうのはそれ単体では存在しないし、今の状態が全てではない。そこに至るまでの経緯と、その他の文化とのつながりがあるからこそ存在している。で、そいういうことを考えていない人の話を聞いたところで仕方ないよなって私は思います。