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山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

私はこういう人です

誰にでもできる最高の趣味の作り方

趣味の実践

最高の趣味を作ろう

私は趣味が好きだけど、趣味自体も好きで、趣味のことを考えたり調べたりしている。

最近考えてるのが誰もが良い趣味を作ることができる方法で、その方法を公開することによって、様々な人々が様々な趣味を作れるようになったら良いなとか思っている。

そんなわけで本日は、私が趣味を作っていく過程を紹介し、その成果をみなさんに自慢しようと思いますが、今回の記事はかなり長い。12000文字くらいあります。だから暇な時にゆっくり読んでください。

趣味の作り方

私は日常的に社会性のない使い捨ての趣味を作って遊んでいる。使い捨ての趣味にしてしまうと、面倒くあまり好きでない日々の雑用も、徐々に楽しくなってくるのでなかなかお勧めです。

使い捨ての趣味で何度も遊んでいると、たまに中くらいの立派な趣味に成長してしまう場合がある。趣味の基本を守ると良い趣味になりやすいです。

趣味の大きさは、なかなか成長しないけど、次の3つの条件が揃うと強度が高く誰にでもできる趣味が完成する。

  • 1円もかからず
  • 時間も(ほとんど)かからず
  • 発展性がある

この条件を満しつつ、大き目のパッケージ化されていない趣味に育てていく。

これは社会性のない趣味なので、煩わしいことも発生しない。心が落ち着く幻の故郷の様な趣味になります。

趣味の発生

最近は SNS が流行していて、様々な趣味が発生している。SNS がらみのわりとメジャーな趣味としては、あらかじめゴミの写真を撮影しておき、SNSなどで調子コイてる人間にお前の顔面ってこれにそっくりだよなと送り付けるというものがある。ブームに敏感な私は、もちろんゴミの写真を撮り貯めていた。

ゴミ

これはとても良い趣味なのだが、私はなるべく人を傷付けたくない。だからとにかくズブトく雑な性格で、相手の文章なんか読んでいない人間を探し出さなくてはならない。こういう人間ならば傷付かないし、傷付いても問題ない。

ただしこんな事を続けていると、私の人格が疑われるというデメリットがある。せっかくまともに生きているのに、私の人格が疑われてしまうのは我慢がならない。だから私はこの趣味から引退しました。まだまだSNSなどで調子コイてる奴に、お前の顔面ってこれにそっくりだよなとゴミの写真を送り付けてる人もいることでしょうけど、私は止めたほうが良いと思います。

そんなわけでゴミ写真を送り付ける趣味からは引退したものの、この当時の私はゴミ箱について考えていたこともあって、ゴミ自体に興味があった。それでゴミの写真を見ているうちに、ゴミも悪くないなと思うようになってきたのである。

ゴミ

ゴミのなにが良いのかというと、まずゴミというものはゴミである。ゴミには意味がないし、消滅してくれたほうが良い。そしてどこからどう見てもゴミであるという特徴がある。人はゴミを捨てると、その面影を忘れてしまう。しかしゴミの姿を記録しておくと、ゴミの思い出になる。思い出が沢山ある人生は良い人生だから、ゴミの思い出を増やすことで人生の質をドーピングすることが出来る。

幸いにもその当時はゴミ箱を所有していないこともあって、部屋にゴミが落ちまくっていた。だからゴミには事欠かない。

そんなわけで私はゴミ写真の撮影を趣味にすることに決めたのであった。

趣味を開始する前に

趣味を育てるのが苦手な人は、例えばゴミを撮影することにした場合、イヨッシャー!!!! 俺は世界のゴミを撮影するぜッ!!!! などと難易度を上げてしまう。

世界のゴミを撮影するために必要なものを3つ列挙してみると、次の様になる。

まず世界のゴミを撮影するのだから、それなりの『資金』が必要になる。人間は対価を求める性質があるため、資金をかければかけるほど成果が欲しくなってしまう。ゴミの写真で成果を得るためには、それなりの『撮影技術』とゴミを美しく見せるための『感性』も必要になってくる。

ゴミを撮影するうちに、ウッカり世界に出てしまったのならそれは続くかもしれない。しかし誰でも出来る趣味を作るのであれば、最初に巨大なテーマを決めてしまうのは、あまり良い手法とはいえない。

そもそもゴミの写真を撮影する前の自分というのは、ゴミ写真撮影業界において門外漢でありと同時に初心者、ゴミそっくりな存在である。そんな人物が撮影するゴミを選ぶというのは、烏滸がましいとは思わないのかね? 君はゴミの写真撮影業界のなにを知っていんるのだ? 日本のゴミに等しいクズ野郎が世界のゴミを撮影したいだと笑わせるなッ!! お前如き浅間しいゴミ野郎が、ゴミに対してなにが出来るんだッ!!! いいかね全ての芸術は人の心を感動させるためにある。そして人の心を感動させる事が出来るのは、人の心だけだ。ゴミが人の心か? どうか? 違う気がしてきたな。ワシはゴミの撮影とかしているから、常に月末給料日前状態で生活が破綻しているのではないのか? ゴミの撮影するよりバイトをしたほうが100倍マシですね。今日からゴミの写真撮影なんか止めて真面目に生きていこうなどといった結論が出て趣味が終ってしまいます。

趣味でもなんでも、やたらに巨大な目標に向って、事前準備したり学校に通ったりする人がいる。趣味の種類によっては効果的な方法だけと、ここで紹介している私の趣味の方法は、その辺りに落ちてるもので遊ぶみたいな感じですから、準備やら目標やら面倒くさいことは忘れましょう。そもそも未だ存在していない趣味なので、なにが必要でどう面白いのかもよく分からない。

私は明治大正時代の娯楽小説を読むのが好きなので、読書を例に上げるけど、例えば小説を読もうと思ったとしたら今日からやったら良い。なんでもいいから、小説を読む。小説とはなにか? 人やら物が移動したり、発話する様子が文字で書かれているものである。だからそういうものを読む。

今はネットに昔の書籍が二〇万冊くらいある。だからお金がなくても、選ばなけりゃなんでも読める。電子化されているので、消費の速度も高い。記録する値段も安くなっているから、昔なら相当に資産がないと出来なかったこが誰でもできてしまう。本当に最高の時代になりました。

とにかくなんでもかんでも読んだら良くて、小説を読もうと思ってるわけだから、多少なりとも小説っぽい部分があれば面白く感じてしまうと思う。私はこういう本まで小説として読んでしまう。

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読書に限らずなんでもそうだけど、消費して作り続けてると自然に技量は向上していく。私も明治大正時代の娯楽小説の分野で、たまに仕事がくるようになりました。確固たる意思もなく、暇を潰すためだけに遊ぶというスタイルでも、それなりに技量は上っていく。

そんなわけで私は、目の前にあるゴミをスマホで適当に撮影することにしたのです。

ゴミ

趣味の開始

サアーゴミの写真を毎日淡々と撮り続けるぞーというわけで、ゴミの写真を撮影していく。

ゴミ

やってみると分かるのだが、撮ってある写真を眺めるのは面白いけど、ゴミの写真を撮影するのは全く面白くない。それでも続ける。なんで続けるのかというと、まだ始めたばかりで面白いかどうか分からないからです。

ゴミ

撮影するうちに気付いたのが、ゴミを選ぶのは、かなり面倒くさい。部屋にはホコリとか食った後の野菜テンプラの袋やら、様々なゴミがある。所詮はゴミなので選ぶ気なんかないんだけど、ついつい良いゴミの写真を撮ろうとしてしまう。

あとゴミを撮影するのも、面倒くさい。スマホで適当に撮影してるだけなんだけど、スマホを出してカメラアプリ起動してゴミに近付くのが面倒くさい。ゴミ如きにそんな労力使いたくないというのが素朴な感想である。

こういった問題点が出てくるのは仕方のないことで、人間っていうのはどんなにレベルが低いことをしていても、ついつい改善してしまう。面倒くささの発生というのは改善へと続く道であるから、上達しつつあるのだと考えてよろしい。

対応策などを真面目に考え始めると、ゴミ撮るの止めたら全て問題解決じゃんという結論が出てしまうので、根本的な問題点からは目を反らし細部を改善していくのがコツなんだけど、ここに大問題が起きてしまった。

ゴミ

ゴミそっくりの物質でよく分からないと思うので解説すると、これは乾燥剤で充満させたビニール袋の中に入れた iPhone を、真夏の炎天下のベランダに置いている写真である。私がなんでそんなことをしたのか? もちろん iPhone を水没させたからです。

水没ごときでこんな大掛りな復旧作業が必要となる iPhone は不完全な製品だと思う。そんなわけで京セラの頑丈スマホみたいなのに機種を変更してしまったのだが、このスマホのカメラがとにかく酷く、ゴミの写真が一挙に小汚くなってしまった。

趣味の衰退

撮影するための道具が変ってしまい、一挙に趣味の品質が下ってしまった。

ゴミ

これはなかなか人間にとっては辛いことらしく、私の気力も皆無になってしまう。下に紙をひくなどといった下等な手法で、なんとか写真のクオリティーを上げようと頑張るのだが、どうにも汚い。

ゴミ

ゴミ

ゴミ自体が汚らしいのに、ゴミ画質だと余計に見苦しい写真になってしまう。さらに iPhone のようにシャッター押せばそこそこ奇麗な写真が撮れるという作り方をしていない。設定を詰め何度も撮影し、その中からマシな写真を選ぶといったプロセスが必要となってしまった。それで出力されるのがゴミ品質のゴミ写真なのだから、面白いようにやる気が削がれていく。

ゴミ

しかし私は諦めない。この状況をなんとかしようと考えた結果、次の様な方針を取ることにした。

  • 写真の美しさについては完璧に諦める
  • なるべく写真の情報量を上げ画質を補う

これは画質が悪くなったとしても、情報量が増えたら満足できるんじゃないかという理屈で、まず私はゴミの下の紙を外した。ゴミの下に紙があると、ゴミがどこに落ちていたのかが分からなくなり情報量が減る。そしてゴミの隣に定規を置くことにした。

ゴミ

こうするとゴミの大きさを理解することが出来る。

ゴミ

これで画質が下がる前と同等の情報量になったと言いたいところなのだが、撮影したものを並べて眺めてみても面白くない。あと定規を持って生活するのが、かなりダルい。

ゴミ

外出先でもゴミを撮るなどの工夫もしてみたのだが、定規を持っていないので、イライラしてくる。

ゴミ

ゴミ

面白くないことは続かない。だからこの趣味も終焉に向いつつあった。

ゴミ

趣味の切り出し

私はゴミの写真一覧を眺めながら、どうしてこれが面白くないのか考えてみた。もちろん正しい答えは用意されていて、ゴミを写真撮影しているからです。そんな馬鹿なことをしても意味がないし、私だってその辺に落ちてるゴミの写真を撮る奴いたら、こいつは頭が悪いのかな?って思う。しかしながらそんな結論を出してしまうと趣味が終ってしまうので、なんとか曲解をして間違った結論を出さなくてはならない。

どうしたものかなと考えながら、ゴミ一覧を見ていた私は、一枚の写真に心を奪われる。

ゴミ

どこからどう見ても卵のカラで、完璧なゴミであるが、これが100個くらい並んだら面白いんじゃないかと私は思った。そして、卵のカラなら撮影する意欲が湧いてくるような予感がした。

なぜか?

まず私は卵ご飯が好きで、よく食べる。だから卵のカラが安定供給される。

次にのカラを撮ると決めてしまうと、選択する必要がなくなり、行為のレベルが下がる

ゴミ

ゴミ

最後に世界に全く同じ形をした卵のカラはなく、さらに同じ割れ方もしない。似た形のものに大量の種類があるというのは、面白い一覧になりやすい。

ゴミ

そんなわけで私は、卵のカラの撮影を始めた。

趣味の焦点

結果論なんだけど、技術のある人がゴミ捨て場の写真を撮影したりしたら面白いかもしれないけど、素人が部屋に落ちてるゴミを適当に撮影していてもあんまり面白くならない。

そもそもゴミの範囲は広い。使わなくなったサウナもゴミだし埃もゴミである。ゴミを撮るという行為は巨大すぎて、素人の手に余る。写真に限らず楽に趣味を発展させるポイントとして、塊から切り出すという技術がある。ゴミから卵を取り出すと、一挙に趣味として成長する。

こちらが無為に撮影したゴミの写真一覧。

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こちらが卵のカラに焦点を絞った写真一覧。

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どちらもゴミだが、眺めていて面白いのは卵のカラだろう。この様に焦点を定めることによって、趣味が面白くなる。

趣味の向上

こうなると欲が出てきて、より良い卵のカラの写真を撮りたくなってくる。ところが京セラの変なスマホは、カメラアプリを付けておくとレンズが曇るという素晴しい機能が付いている。少しでも美しく撮影できるように、設定を詰めているとレンズが曇り出す。そうすると意図せず霧のロンドンみたいな写真が生産される。

ゴミ

はっきり言いまして私は卵のカラしか撮影したくない。そんなことに金を払うのは嫌だから、スマホのカメラで撮影を続けていたのだが、データというものは蓄積されるに連れて価値が向上する。私の生活の中でも、卵のカラの写真撮影に対する価値が日々高くなっていきます。マジ卵を撮影するためだけにデジカメ欲しい。

ところが私は写真撮影に対しては、全く思い入れがない。マジどうでもいいと思っている。だから卵のカラを撮影するためだけに、デジカメを買うことになる。

ゴミ

どうせ買うなら卵のカラ撮影に最適化されたものを購入したい。そんなわけで、卵のカラを撮影する条件や手順を考慮しながら、なにを買うのか考える必要がある。まず私が卵のカラを撮影するのは朝である。なぜ朝なのかというと、私は卵ご飯を朝に食べるからだ。忙しい朝に設定とか位置とかゴチャゴチャ変えるのはダルいので、ボタン押すだけで撮れる環境が欲しい。どうせ買うならスマホよりも圧倒的に美しくあって欲しい。少し良いくらいならいらない。卵のカラに入ったヒビ割れを美しく残していきたい。最後に続けるために同期とか考えたくない。全部自動でして欲しい。充電も面倒なのでできればUSBのケーブル繋げっぱなしで使いたい。

などといった理由から、ソニーのDSC-QX100を選んだ。

小型の三脚も購入、場所を固定してしまうと卵のカラの撮影に便利である。

JOBY 三脚 ゴリラポッド マイクロ250 グレー GP15 010959

JOBY 三脚 ゴリラポッド マイクロ250 グレー GP15 010959

上記の二点を活用し、こういう環境で撮影している。

ゴミ

有り体に言うと、これは不完全な商品だと思う。カメラから画像をスマートフォンには転送できるのに、なぜかパソコンにはUSBで接続しなければならない。あとスマホに接続するのも面倒くさい上に遅い。購入以前の想定ではカメラ本体のガチガチに決めた設定で、ボタンを押して撮影、自動的にパソコンに画像が転送というのを考えていたのだが出来ない。スマホと接続も出来るカメラではなくて、スマホと接続しないと使えないカメラだった。

ゴミ

このカメラに対する文句は大量にあるんだけど、なるべく普遍性のある文章にしたいのでここでは書かない。ただ趣味が先鋭化してくると、こういう不完全な商品を使うのがベストな選択というようなことになったりはする。この商品も、現状では卵のカラを一番撮影しやすいカメラだとは思う。少なくともスマートフォンのレンズが曇らないように、大急ぎで設定をしていた時代と比べると、10倍くらい楽になった。

ゴミ

手法を洗練させていく

実は二ヶ月くらい撮り続けていたのだが、ゴミの写真はあまり生産できなかった。なぜなら面倒くさいかったからである。なぜ面倒くさいのかを分析すると次のようになる。

  • ゴミを探さなければならない
  • ゴミの場所にまで移動しなくてはならい
  • ゴミの置かれた環境に適した設定で撮影しなくてはならない

ひとつひとつは特に難しいことではないのだが、毎日やろうと思うと面倒に感じてしまう。あとゴミを撮影するためにしゃがみ込むと、気持が空虚になるというデメリットもあった。

卵のカラだと、次のようになる。

  • 毎日違った割れ方の卵のカラが生産される
  • 卵のカラは同じ場所で撮影される
  • 卵のカラは同じ設定、同じやり方で撮影される

異常に楽である。さらに割れた卵のカラは美しく、並べて見ると満足感が高い。

ゴミ

ゴミ

この趣味を開始してからすでに3ヶ月になるが、未だに続いている。

ゴミ

趣味の利点

この趣味の利点を上げると、まず面白いということである。さらに割れた卵のカラの写真を観察することによって、割れ方の傾向が分かり、卵のカラが片手で割れるようになった。

ゴミ

大量の卵のカラの写真を眺めていると、満足感が高い。

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趣味の展望

卵のカラの写真の品質を挙げる方法はいくらでも思い付くから、今後趣味を発展させていくことも出来そうではある。

例えば私が卵のカラを置いているのは、小型のテフロンフライパンで、本来ならばこの台も目的に最適化されたものにすべきである。撮影もなるべくパンフォーカスっぽくなるようにしている程度で、あまり工夫をしていない。照明や背景も工夫することができる。気温や湿度、天候や購入した店、購入日時等といった情報をメモしておくと、より情報としての精度も高くなる。

ただし今のところ、そういうことをするつもりはない。なんでかっていうとこんなつまらん趣味にそこまで労力をかけたくないからです。あとこの趣味をしているのは私だけで、競争相手もいない。だから努力しなくても、常に私が優勝です。趣味に飽きてきたら、環境の改善を試みてもいいかなとも思うし、止めてもいいかなとも思う。止めてしまったとしても、卵のカラは片手で割れる上に、見てて楽しい卵のカラ写真は残る。

ゴミ ゴミ

我ながらなかなか良い趣味を作ったものだなぁと、感心しているところです。

自分だけの趣味は素晴しい

上記の様な手法を活用すると、誰にでも最高の趣味を作ることができる。時間もお金も必要ない。不景気な時代にはピッタリな手法だと思う。

ただしこういった趣味をいきなり作るのは、少し難しいかもしれない。家族の多い人なら、時間を決めて朝と夕方に玄関の写真撮り続けて、靴のバラけ具合を観察するだとか、そういったカジュアルなところから挑戦すると上手くいく気がする。たまたま今回は写真だったけど、別に物理的に物を残していっても良い。とにかく邪魔くさくなくて、わりと長く一人で続けられる遊びならなんでも良いと思う。

こういった趣味は収入が少なすぎて疲れた人にもお勧めなんだけど、私は精神的にヤバい人にもお勧めしたい。

意味がなくてつまらないことは、本当に意味もなくてつまらない。だから誰もしない。世界で自分だけがそれをしているというのは、孤独を感じて赴きがある。

あと競技人口がゼロだから、実行したらそれだけで世界一になって、優勝できてしまう。世界は広いので、同じことをしてる人もいるかもしれないけど、認識できないことはないのも同じですから、まあ世界一ということで良いでしょう。これは気分が良い。

もちろん世界一になっても、意味はないしつまらないことをしている事実に変化はない。これは寂しい反面、気楽でもある。他人とかどうでもいいっていう場所を心の中に持っておくと、すごく落ち着く。

そんなわけで私はこういう趣味を持つことをお勧めします。

人さまざま (岩波文庫 青 609-1)

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