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山下泰平の趣味の方法

これは趣味について考えるブログです

私はこういう人です

レベルの低い人によるアドバイスについて

カルピスの創業者三島海雲さんは「日本一主義」というのを提唱している。「日本一主義」とは、なにか問題が起きた時、物事を決定する際に、その道の第一人者に教えを乞うというものです。これは完璧に正しくて、優秀な人が効率的に物事を成功させるためには、とても役に立つ方法である。

その道に詳しい人に話を聞くというのは普通の人もしていて、なんかすっかな〜ってなった時に、気が向いたら知人でその分野に一番詳しい人に話を聞いたりする。だからごくごく普通の方法なんだけど、三島海雲さんは「日本一主義」を徹底したから偉いみたいな感じだと思う。

それではその道に詳しくなくて、それどころか全ての分野において初心者という人物に、意見を聞く必要はないのか? ALL 初心者のアホに話を聞くメリットはないのかッ!! その答えを国民一人一人が自分の問題として探究して欲しいんだけど、考えるまでもなく無益だと思う。

無益だから全身初心者の意見を聞く人がいないのかというとそれは嘘で、人間はレベルが低い人の意見を聞く場合がわりとある。

例えば日本はわりと飽食の国だから、デブってしまう人がいる。アメリカ人なら遺伝子的にデブに向いてるけど、日本の人々は骨格やら内蔵が弱くアメリカ人ほどデブれない。だから死ぬほどデブったら痩せたほうがいいけど、小太りのほうが寿命が長いらしいですね。丁度良いくらいにデブるのが健康的なんじゃないのかな? 違うのかね?どうなのだろうか?

ところで私は思うんですけど、自分の容姿って自分じゃ見えないじゃないですか。だからあんまり気にすることがない。わざわざ鏡見るから気になるのであって、部屋中の鏡割ったら良いと思う。自分以外の人が見苦しいと不快感あるけど、自分が見苦しくても自分にはダメージない。むしろ敵にダメージ与えられて有利だと言える。

しかしながら見苦しい外見をしていると、味方にもダメージを与えてしまう可能性もあって、やっぱり社会的に体面を保てる程度の外見にしておいたほうが良いとは思うんだけど、面倒くさいんだよな。なんでお前らのために俺が苦労しないといけないのかって気持になる時もあるよね。

私もこの辺りは苦労していまして、面倒だから破れたズボンずっと履いていたら、職場のおばさんにズボンが見苦しいからユニクロに行って買ってこいって怒られたことがあります。それでケブラーが入ってるメチャ分厚いズボン買って、これで永遠にズボン破れないから安心感あるとか思ってたんだけど、驚いたことに布には強度あって破れにくいものの、ずっと履いてるとやっぱり破れる。三倍くらい長持ちなだけです。あと分厚いから布を縫ってる糸が切れてくる。だからメチャ分厚いケブラー入りのズボン意味ねぇじゃんって思ったんですけど、そういえば私は例え話をしていたわけで、話を元に戻しましょう。

個人的には多少太っていたほうが、機能性があって良いと思う。しかしメディアには、見栄えが良い人が登場することが多い。そういう人を見ていると、あれが標準かぁ〜ってなってくるので、痩せてるほうが良いみたいな価値観が完成する。だからちょっと太った人も痩せたいと思うなどといった構造で、ダイエットが流行する。

ダイエットで人気あるのが30キロ痩せましたみたいなので、これはデブった人が痩せた方法をみんなに伝授するというような書物である。だけど冷静になったら30キロも太る時点で、無軌道に饅頭を食い続ける狂った生活を送っていたイカれた野郎だということが伺える。無軌道に饅頭を食い続ける狂った生活を送っていたイカれた野郎が、饅頭を無軌道に食うの止めたら痩せますとかホザいても、普通の人の役には立たない。

はっきり言って、無軌道に饅頭を食い続ける狂った生活を送っていたイカれた野郎はレベルが低い。饅頭野郎がなんキロ痩せたか知らないが、ずっと痩せてる人のほうがレベル高い。不良が更生して真面目になったようなもので、ずっと真面目に生活してる人のほうが偉い。

それなら一回も太ったことがない人に話を聞いたほうが良いじゃんってなるんだけど、太ったことがない人は普通にしているだけだから、普通に暮してたらいいんじゃないって返答になる。ところが無邪気にコッペパンを食い続ける狂った生活を送っているイカれた野郎にとっては、奇瑞気儘にコッペパンを食い続ける狂った生活が普通だから、コッペパンのカロリーによってどんどん太っていく。ここで救世主として登場するのが無軌道に饅頭を食い続ける狂った生活を送っていたイカれた野郎である。饅頭野郎はコッペ野郎の気持が良く分かる。饅頭は、常にコッペパンを持ち歩くのは止めようだとか、コッペパンは一日に3つまでネッ!などといった建設的なアドバイスをコッペにすることができる。コッペと饅頭の愉快な二人組が登場して良かった良かったって話になってくるんだけど、そういや私は例え話をしていたのです。

だから例え話を続けましょうと言いたい所であるが、例える必要あるのかっていう疑問があって、かってはパソコン入門みたいな本に、メモリは机でハードディスクは本棚というような例え話が書かれていたんだけど、メモリはメモリだしハードディスクはハードディスクだと思う。パソコンの話しているのに、いきなり机とか本棚とか関係ないことを持ち出して、この人は少しどうかしているのだろうかと思い、私はその本を読むのを止めた。

私自身もこうやって好意で例え話を続けているわけだが、読んでる人はウッカりミスで私が異常者だと勘違いしてしまう可能性がある。だから例え話は止めて、簡潔に説明することにします。

ある領域に詳しい人から、アドバイスをもらうというのは圧倒的に正しい。自分より出来ない人からアドバイスをもらう意味はほとんどない。しかしながら出来ない人の意見というのは、出来ない人にとっては耳触りが良いという効果がある。それでは出来る人にとって、出来ない人の意見は意味ないのかっていうとそうでもなくて、世の中には色々な人がいるなぁと思うことができるし、自分が無意識にしていることを意識できたりする。意識できるとより自分をコントロールしやすくなる。

さらに苦手な人は異常なまでの努力を経て、苦手なことを楽に実行できるように工夫している場合がある。そういう知見は、得意な人にとっても役に立つ。

最後に単純にレベルが低いのに、無理して実行している人の話は面白いというメリットある。出来る人がなにかするより、出来ない人が苦悩するほうが他人事なら面白い。面白いのだから、暇を潰すためには、出来ない人の話のほうが最適化されているということになる。そんなわけだから、出来ない人の意見を、意味なしと斬り捨てるのは損だと思う。

とまあ私が言いたかったことはこれだけなんだけど、書いた後で冷静になると、別に当り前のことだし書く意味なかったと思った。もちろん真ん中に長々と書いたゴミそっくりな例え話だかなんだか分からない文章も、この世に出現する必要などない。書いた時間が無駄だったと思う。

それに加えて律儀にもここまで読んでくれた良い人たちも、やはり時間を損したわけで、私は読んだ奴にダメージ与えたということになる。ダメージ与えた私は勝者でポイントアップ、読んだみなさんはポイントダウン、かなり下りましたからアウトゲートです。みなさんの犠牲により、私は勝者になって助かりました。

以上、私が書いてきたことを改めて読むと、ダメージ与えるとか饅頭とコッペの名コンビだとか、全分野における私のレベルの低さがはみ出した文章に仕上がっているが、君は今日これを読んでメリットがあったのだろうか? 明日はどういう一日になるのだろうか? 答えはヤフー占いにあります。占いで明日の予習をしておこう! ありがとう!! サンキュー!!!

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